新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



28.我がままと素のまま

1978年に放映されたルパン三世の映画「ルパンVS複製人間」ではクローン技術により永遠の命を手にいてた敵がルパンの前に立ちはだかった。

ルパンの前に現れたクローンの1人が、「俺みたいな出来損ないのクローンは切り捨てられる」と言っていた事が妙に記憶に残っている。

過度の技術の発達により、命が軽く扱われる事に対しての嘆きに感じた。



読売新聞社の記事の中で、タイで男児と女児の産み分けが行われているという事が取り上げられていた。

記事によれば、体外受精をする際に染色体を調べる事によって性別を調べ、
希望の子供を産むという事だ。


ここ数年の間に、日本人夫婦がタイに渡り産み分けるといったことが増えているらしい。


生涯をかけて向き合った行く命だけに、希望の性別の子を産みたいという気持ちは分かる。

しかしそれは親の我儘であり、その裏で本来産まれるハズであった命が失われている事に注目して欲しい。
そしてもし仮に全ての夫婦がその様な技術を使う様になったらどうなるかというところまで目を向けるべきではないかと思う。

産業革命以来、我々は急速な技術の進歩に驕り、人間以外の生態系に大きな歪みを与えてきた。

いま驚くべき早さで医療技術は進歩している。
もし技術の魅力に目が眩み、誰もが私欲に走る事になれば、今度は人間自身の生態にも影響を与え兼ねない。



物事の進歩には必ず恩恵とリスクがある。
我々は恩恵には目を向けるが、しばしばリスクからは目を背けがちである。

こうした姿勢をただしていかなければいけないのではないか。


子供の産み分けの記事を読んで、そんな事を強く感じた。