新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



ブラック企業って曖昧に使われてる

最近ブラック企業って言葉を多く耳にします。
でもなんか、何でもかんでもブラックって言っているような気がします。
なんでもそうだと思うのですが、具体的な定義がわからないまま広がっていくと、本質がボヤけてしまいます。
ちょうどこのブラック企業問題がそうなってきているんじゃないかと思うんです。
何をもってブラック企業というのかっていうのんを考えてみたいと思います。

長時間労働の代表格といばマスコミや広告代理店の仕事。
彼ら休みなしで10何時間働くとかっていうのがザラです。
昔受けた某新聞社の入社説明会では、社員の1日として朝5時出社で25時帰宅っていう人の例がパンフレットに載ってましたからね(笑)
それでもこうした業界の人からブラックって言葉はあまり耳にしません。
時間が長いからと言って、それがブラック企業とは言えないように思います。


低賃金労働に関しても同じ。
アニメスタッフやデザイナー、予備校の時間講師や大学の研究員などの賃金って15万円~20万円っていうのがザラだと思います。
大卒の初任給平均がだいたい20万くらいなのでそれと比べると圧倒的に安い。
それでもこうした仕事についている人からは、殆どブラックという声は聞きません。
やっぱりこれも決定打ではない。

ワタミブラック企業批判とかをみていると、長時間の労働や低賃金労働に焦点がいってしまいがちですが、必ずしもそこが問題ではないんですよね、きっと。
長時間かつ低賃金で、やりがいを見出せない場合に被雇用者はブラック企業と感じるのだと思います。
先にあげた4分類のうち、後者2つの過酷な仕事内容、酷い職場環境っていうのもやりがいに繋がると思います。
どちらもやる気を削ぐ要因となるものです。

つまりブラック企業とは、被雇用者側がやりがいを感じられず、搾取されていると認識する企業のことだと言えます。
ここで新しい問題が出てきます。
やりがいを感じられないのは、仕事にやりがいを見出せない被雇用者側が悪いのか、やる気を引き出せる環境(賃金や時間待遇も含めて)を用意できない雇用者側が悪いのか。

もちろん立場的にどうしても弱くなってしまう被雇用者が悪いという気はありませんが、それでも被雇用者:雇用者で2:8くらいに雇われる側にも非はある気がします。
できる措置をしない(抗議する、辞める)とか、仕事を効率化しようとしないとか。
よく家族とか生活があって辞めたくても辞められないって事を聞いたりしますが、それは要素をごちゃ混ぜにしてる。
とりあえずは制度的にどうなのかっていうところから考えるべきです。
制度的に可能か不可能か。(できるorできない)
その上で今の自分の置かれている立場として辞めるか辞めないか。(するorしない)
ここのところをごっちゃにしてるからおかしな議論になってる気がします。


話が脱線したので戻ります。
被雇用者側の視点があれば、当然雇用者側の視点だってあるはずです。
そりゃ雇う側からしたら仕事できる奴とできない奴がいたとして、その両者に同じ額を払うなんて嫌だと思います。
同じ仕事を渡してできる人もいるのにできない人がいて、その人が自分の事を棚に上げて権利を主張したらムカつくのが本音じゃないでしょうか。

ブラック企業問題ってどうしても被雇用者側の視点ばかりになってしまっていて、どうしてもズレた議論になりがちだと思うんですよね。
だから堀江貴文さんとか西村博之さん、夏野剛さんみたいな経営者の視点で物を言う人が本当は必要(むっちゃ叩かれるけど)。

これイジメ問題にも通ずるところがあると思います。
いじめられた側の視点ばかりでいじめた側の視点がない。

どちらか一方に100%傾いた出来事なんてあるわけがないのだから、ブラック企業批判をする時には経営者の視点も混ぜるべきです。
少なくとも問題の本質をみようとするなら、その視点は必須のはず。
テレビニュースでみるブラック企業問題っていつも被雇用者ばかりに注目がいっていて、凄い違和感を感じます。