新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



ふなっしーが非公認なワケ

塾で授業をしていると、なぜかよく「センセーは○○についてどう思う?」って聞かれます。

「黒子のバスケの脅迫状についてどう思う?」とか
「食品偽装についてどう見る?」とか
「半沢直樹はなんでヒットしたの?」とか(笑)

多分ふだんから話があっちゃこっちゃに飛ぶからだと思うんですけど、、、

で、今日聞かれたのがタイトルに書いた「ふなっしー」についてです。
流行語の話の流れでふなっしーの話になりました。
なぜふなっしーが公認キャラにならないのかという話題に関して、結構いろんなアイデアが出てきたので、書いてみたいと面白います。



まず、公認キャラにならないということの前に、ふなっしーがなぜゆるキャラとしてあんなに人気になったのかを考えてみたいと思います。

2009年くらいから、少しずつゆるキャラがブームになってきました。
(ぼくはその理由はSNSの発達にあると思っているのですが、今はカンケーないのでここでは置いときます。)

彦にゃん、くまもん、せんとくん

各地のご当地キャラに注目が集まりました。
そんな中でひときわ異才を放って登場したのが、船橋市非公認ゆるキャラのふなっしーです。
テレビに登場するなり爆発的な人気になりました。

ふなっしーが他のゆるキャラを押しのけて人気になった最大の理由は「喋るゆるキャラ」だったというところにあると思います。
今までのゆるキャラは殆ど喋りませんでした。
そこに突如よく喋るゆるキャラが出てきた事で、注目を集めたんじゃないかと思っています。

喋るゆるキャラの利点は、単に物珍しさだけではありません。
ふなっしーは喋るということで、テレビにも取り上げられやすかったのです。
バラエティのトークもいけるということで、他のゆるキャラと比べ圧倒的にメディア露出を増やしていきました。
よく喋り、よく動くという所が、非常に戦略的に上手いなって思います。



瞬く間に人気を得たふなっしーですが、船橋市の公認ゆるキャラにはしてもらえません。
何故なのか?
その最大の理由は、ふなっしーが人気になったポイントの「喋ることができる」ことこそが、最大の欠点になっているのではないかと思います。

確かにメディア露出という点では、喋るゆるキャラという立ち位置は非常に強い利点です。
しかし、ご当地のマスコットとしては
話せることは大きな足かせになると思うんです。

その理由は、ずばり「替えが効かない」から。
ゆるキャラが喋るということは、当然中に入っている人が同じでなければなりません。

ご当地マスコットの最大の使命は「地域のPR」をすること。
当然PRのためにイベントに参加したり、時には複数の場所に出向かなければいけません。
そうしたマスコットの特性を考えた時に、中に入っている人がいつも同じでなければ成り立たないふなっしーは大変使いづらいのではないかと考えました。


もう少し掘り下げて、マスコットキャラクターの存在意義について考えてみます。
ディズニーのミッキーマウスは、本当に世界のどこかに実在するキャラクターということになっています。
それはひこにゃんにしてもくまもんにしても同じこと。
子供達に夢を与えるために存在するマスコットキャラクターは、本当に生きているんだという暗黙の了解を持っていなければなりません。
ふなっしーはそういう観点からすると、逸脱しすぎていると思うのです。

例えばあまりに流暢に喋ったり、大人の事情を話して笑をとったり、何より背中のチャックの存在をネタにしています。
これは言わば前提そのものを利用して演出を作るメタフィクションの世界。
ふなっしーはメタフィクションありきで人気を手にしたゆるキャラなのです。

もちろんテレビやパソコンの中の登場人物としてならば、そういうメタ的な立ち位置は大変楽しめます。
しかし、それがご当地キャラとしてリアルに出てきたらどうでしょうか?

子供達に夢を与える存在であるはずのマスコットが、前提を崩す事の上に成り立っている。
そんな危うい存在を市の公認キャラに選ぶのは、ちょっと勇気がいると思います。

こうした理由も、ふなっしーが公認ゆるキャラにしてもらえない大きな理由ではないかと考えます。

やっぱり身近な存在だからこそ、ご当地キャラは「らしさ」が大切だと思います。
僕らは自分たちの地域のゆるキャラは安心してみていたいんですよね。
そう考えるとふなっしーが公認にされるには、険しい道が続いているように思います。

こんな話をしていたら、生徒さんが「今度学校で今年話題になった事をテーマの発表があるんでそれ話します」なんて言ってくれました。

・・・よした方がいいと思うけどなぁ(笑)