新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



ネットによって子供達が考えなくなったのは、教育者のせい

よく、ネットによって子供達の考える力が弱くなったと言われます。
ネットが普及したことで子供達は頭で考えずにすぐにパソコンを開いて検索するようになったみたいな主張。

僕はこの主張って、ネットの本質をついた意見ではないと思っています。
ネットの最大の強みは「双方向性メディア」であるという点にあります。
これが従来のあらゆる情報メディアではなし得なかったこと。
ネットによって僕たちは非常に簡単に情報にアクセスできると共に、ネットで自分の主張や感じたこと、或いは自分そのものを発信できるようになりました。

気になることを調べ、気に入ったことを発信できる。
それが双方向性メディアであるネットの最大の強みであるはずです。
このことを踏まえればもともとネットで物事を検索するという機能自体がインプットすることを目的としたものであって、もう反面の意見を発信する機能を無視して「子供達が考えなくなった」というのは少し気が早い主張であるように思います。


では、もう反面の情報を発信する機能、アウトプットの側面がどうなっているのか考えてみます。
インプットの代表例がサーチエンジンであるのに対して、情報の発信ツールの代表はブログやSNS、メール等です。
これらがネットの「考える力」の側を担っているのです。
こうしたネットの機能は今の子供達にとってどういうものなのか。
これらのサービスの多くは、学校や親によって制限されがちです。
ネット上に名前や顔をアップすると犯罪に巻き込まれるといったことが言われ、全体的な流れとして規制の向きに向かっています。
ネットのもつインプットの側面は子供達の生活の中で身近なものになっている一方で、アウトプットの側面は教育の側から規制されがちであるとわけです。

そりゃアウトプットの側が「危険なものだ」などと言われ規制されていれば、ネットの考える力を養う側が育つわけがありません。
つまり、子供達から考える力を失わせているのはネットそのものではなく、ネットの持つもう半分の情報発信の機能を規制している教育に携わる人たちの側にあると言えるのです。

本当の意味でネットを活用しようとするならば、僕も含めた教育に携わる人たちや子育てをする親たちがネットで情報発信をすることに対するリテラシーを身につけて、子供達に正しい情報発信の仕方を伝えていかなければいけません。
ネットによって子供達が頭を使わなくなったという主張は、そう評価する側のメディアリテラシーの弱さが生み出した主張であると言えるのです。
こうしたことが改善されていけば、学校の授業にITを取り入れる動きも活性化すると思います。

「双方向性メディア」としての認知を高めることが、現在の大きな課題なんじゃないでしょうか。