新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



布袋寅泰考察〜モーツァルト的、古典的。〜

先ほど偶然テレビを点けたらやっていた、布袋寅泰さんの音楽解説。
しかも解説者はベーシストの亀田誠治さん。
大好きな二者の組み合わせだったので思わずのめり込んでしまいました。。


その番組を見ていて、ふと布袋さんの曲って非常にモーツァルト的だなって思いました。
一曲の中に曲調が全く違うものが混在している感じが、僕には非常にモーツァルト的に聞こえます。

代表的な楽曲がNOCTURNE NO.9やPOISONです。
(あとロシアンルーレットやサーカスなんかもそうかもしれません。)
Aメロ、Bメロ、サビとで、全く違う三曲を繋げたかのような作りになっています。
NOCUTUNE NO.9
POISON
※オリジナル音源は著作権的に嫌だったので、誰かのギターカバーです。

展開がコロコロ変わるから、聞いている僕らは次何が来るのかと全く予想がつかず、ワクワクします。
モーツァルトも同じ感じ。
それまでのクラシックはメインのメロディを変奏することで作られていました。
たとえばこんな感じ。
僕は決してこの2曲を悪く言うために比較の素材にしたわけではありません。
むしろ好きな二曲です。。
あくまで、曲の展開比較に適していると思い選んだだけなので、その点はご了承下さい。
この2曲は、冒頭の非常に耳に残りやすいメロディを幾重にも変化させることで作られています。
葉加瀬太郎さんいはく、これが従来のクラシック曲。
それに対してモーツァルトが生み出した楽曲はこちらです。
息つく間もなく、次々と新しいメロディ展開が続きます。

当時の作曲家は貴族などに依頼されて曲を書くいわば雇われ人。
常に依頼に合わせて曲を書かなければならないため、メロディのストックを持っている必要があります。
そのため、一曲の基本はベースのメロディを決め、それの変奏をメインに組み立てられたのだとか。
そんな中でたった4小節でいきなりまったく違うメロディが出てくるモーツァルトの曲は、当時の人々にとてつもないインパクトを与えたそうです。

布袋さんの曲も、同様の曲展開であるように思いました。
音楽の節目ごとに全く予想のつかないメロディがやってくる。
だからこそ、僕らは布袋さんの曲を聴くと、次のメロディを楽しみに思わず前のめりになってしまうのだと思います。


僕もド素ですが何曲か書いたことがあるので、布袋さんのメロディがいかに凄いのかは、ほんの少しだけでも分かっているつもりです。
こんなもの、次から次へとメロディが頭に沸いてくる人しか作れません。


こんな風にAメロ、Bメロ、サビと全く違う展開をしてる曲調が布袋寅泰の凄さというと、他のJ-popだってそうやん!ってツッコまれそうな気がします。
確かにその通りです。
そもそも日本のポップスの特徴が節ごとに変化のあることだと思います。
レディーガガさんのポーカーフェイスやサイさんのカンナムスタイルと比較したら明白です。
もちろん両曲とも一瞬で人を惹きつける爆発力はもっているけれど、終始曲調は似たように聞こえます。
それは、これらの曲が単調なのではなく、J-popが意識的に節ごとに曲調を変えすぎてるだけだと思います。
だから逆にJ-popは海外受けしにくい。

僕が布袋さんの凄いなと思うところは、そんな曲調が全く変わる音楽で世界に評価されているというところです。
布袋さんは日本的なメロディで、世界に認知されている。
だからこそオリンピックの閉会式で奏者に抜擢されたのだと思います。

テレビを見ていた時の思いつきから書いたため、まとまらなくなってしまいましたが、布袋寅泰さんの音楽は改めて面白いなと思いました。


・・・締めが無理やりすぎですね(笑)
すみません。