新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



墓前で何を祈るのか?

「お墓の前で手を合わせるときに何を考えるのか?」
僕が小さい頃からずっとわからなくて気になっていたことでした。
真剣に16歳くらいまでは形だけ親の素振りを真似てみて、頭の中で「彼女ができますように」とか神社で手を合わせる時みたいにお願いをしてたくらい(笑)
別にふざけていた訳でなく、本当にその行為にどんな意味があるのかわからなかったのです。
真面目な話手を合わせる行為の間にすることなんて、給食の頂きますと神社のお祈りしか知らなかったので、そのどちらかなら神社のお祈りが正解だろうと思ってました。

僕が墓前で手を合わせることの意味をなんとなく理解したのは多分高校くらいの時。
祖母がお墓の前でなくなった祖父に対して近況報告をする姿に気づいたときです。
亡くなった人の魂が存在して、それに対して対話をする所作が手を合わせるということなのだと思いました。


こんな具合なので、お坊さんにお経をあげていただいている最中も何を考えればいいのかわかっていませんでした。
ある年は「ソ・ソ・ソ・ソ・ソ・ソ・ド」と、お坊さんの読み上げるお経の音程をとって心の中で音楽として解釈したり、また別の年は配られたお経の本を漢文として頭の中で現代語訳して意味を考えたり。
ずっとコンテンツとしてお経を理解しようとしていたのですが、ある時きっとそういうものではないのだと気づきました。
お経は内容や意味を理解しようとするものではなく、聞いている間に自分の中で死者と対話することが本来の役割なのではないかということに気づきました。

コンテンツとしてではなく、それを媒介に自分と向き合うことに価値を見出す。
そういったものの価値って、どこで身につくのかすごく気になります。
普通は小さい頃に親から教わるのか?
それとも物心つくころには自然と身についているものなのか?
或いはそんなこと考えずただ手を合わせているだけの人が大半なのか?

こういうのんって、意外と人に聞けないと思うんですよね。
どのように向き合うのが正しいのか、そしてどこでそれを学ぶのか、本当に誰かに教えてもらいたい。。
これ、気にならないものなのですか?(笑)