新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



自分がされて嬉しい事を人にしましょうって、おもてなしでなくただの自己満足

小学校とか中学校で「自分がされて嬉しい事を人にもしてあげましょう」って言われた経験がある人って、結構いると思います。
僕があんまり好きじゃない言葉(笑)
「自分がされて嬉しい事を人にも」って、前提に自分の感覚と相手の感覚が同じであるって意識があると思うのです。
自分がされて嬉しい事と、人がされて嬉しい事が同じとは限りません。
だから嫌いっていうんじゃなくて、「同じとは限らない」っていう視点がゴッソリ抜け落ちている感じがするから好きじゃないんですよね。
なんていうか、言葉の隅から同族意識みたいなのが滲んでいる気がしてしまうのです。。

本当は「相手がしてくれて嬉しい事を考えて、相手にしてあげましょう。」だと思うんです。
自分がどうかではなく、相手にとってどうか。
主語を二人称にして考える。
たぶんこれが「おもてなし」っていうものなんだと思います。
滝川クリステルさんが言ったように「お・も・て・な・し」って日本のサービスの素晴らしい特徴だと思います。
ただ、自分がして嬉しい事を他人にすることがおもてなしだと思っている人も多いように思います。
それは一見相手のためにしているようでいて、主語はずっと「I」なんですよね。
「それって本当のおもてなしではないんじゃないの?」と、ついつい気になります。


コンビニに入ると馬鹿でかい声の「いらっしゃいませ」
お店では不要なくらいの過剰包装。
服屋さんの店員さんのアドバイス。
あれって、サービスとしてやってくれているのなら何も気にならないのですが、あれが「おもてなし」だと思っているのなら、それは少しやめた方がいいように思います(笑)
いろんなものをマニュアルされて、多分「おもてなし」(経営でいうところのホスピタリティ)までマニュアルに入れようとするからこんな風になっちゃうのではと、一人思ったりしていました。

僕の中ではサービスって自分が人にしてあげたい事なんですよね。
対しておもてなしは相手がして欲しい事を考えること。
前者は再現性があるけれど、後者はその都度変わります。
相手ありきなので当然です。
その意味でサービスはマニュアル化できるけれど、おもてなしはできません。
それを何とかマニュアルに落とし込もうとするから、なんだかとても自己主張の強いおもてなしが生まれてしまうのだと思います。。

おもてなしとサービスを違うレイヤーのものとして捉える。
お店でいうならサービスをしっかりとしたマニュアルに落とし込み、その上でお客さんに満足してもらえるのならマニュアルを外れる自由を作る。
別に自分の中で明確な解があるわけではないのですが、ここら辺に接客業のキーがある気します。

画一化とおもてなしは馴染まないように思います。