新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



イジメを無くすには、イジメを公認すればいい

基本的に僕は、イジメをなくすことは不可能だと思っています。
なぜなら、イジメは学校というシステムが内包する問題だと思っているから。
学校教育は基本的に地域ごとの同級生をまとめて連れてきて、30〜40人くらいの人数に無作為に振り分け、一年間共同作業をするという形で成り立っています。
趣味も考え方も異なる数十人がいきなりガバッと集められて、その集団から抜ける選択肢も存在せず一年を一緒に過ごせというのは、そのシステムの設計自体に問題があるように思うのです。

無作為に集めた集団でもうまく機能する場合はあると思います。
それはビジネスや共同研究など、共通目的の下に集まった集団であるとき。
共有すべきゴールを持っている時は、背景や価値観が違う人同士でも、うまくコミュニティは回ります。
上の様な集団を、ここでは機能集団と呼びます。
逆に特定の目標などがあるわけではなく、イツメンと呼ばれるような、ただなんとなく集まる集団を存在集団と呼ぼうと思います。
存在集団は特定の目標があるわけではないため、構成するメンバーが決定的に重要になってくる。
気が合う友達、趣味・価値観が近い友達のように、所属する人の性質が近いことが最大のポイントです。
学校というシステムは、子供たちが日常を送る空間であるため、性質としては存在集団の色合いが濃くなります。
しかし集め方は徹底して機能集団のそれである。
この辺の矛盾に、イジメ問題の最大の原因があると思っています。
存在集団の論理で動く組織を、機能集団のそれで作り上げている。
そこに属することにより生じるストレスは、容易に想像することができます。
システム的な問題を、生徒や先生個人やシステムの内側にあるルールで解決しようとすることが無茶であるというのが、僕の基本スタンスです。
だからイジメを回避するにはシステムの外に逃れるしかないし、イジメをなくそうとするのなら、システムを壊すしかないと思っています。
ただ、これでは全く役に立たない意見なので、もう少しイジメの解決方を考えてみました。


まず、イジメ問題に関わってくるアクターについて考えます。
親・先生・加害者・被害者・傍観者の全部で5者です。
このうち親と先生に関しては、申し訳ないけれど子供たちの日常生活の外の人たちなので、具体的な解決策は提示できないと思います。
(指導などで一時的な対策なら可能ですが、そのコミュニティに属していない以上、本質的な解決は不可能)

次に被害者側のできることですが、これと有効な戦略は殆どないように思います。
もちろん、空気を読むとか周りに合わせるみたいな対策はあると思いますが、たいていの場合、イジメの発生原因なんてささいなことです。
イジメは(きっかけはともかく)当人に問題があるからイジメられるのではなく、その人がイジメられているからイジメるんです。
したがって、被害者の方ができる根本的な対策は存在しません。
自分を守るためにできる事として、先ほども書いた通りシステムの外に出るという方法が存在するくらいです。

その次は傍観者について。
よく、イジメについて語られる場合、見ている人が声を上げることが大切と言いますが、これも非常に無責任な主張だと思います。
確かにその通りだし、間違えないのですが、それを言えるのはやっぱりコミュニティの外にいる人間です。
コミュニティの中で生きる子供達は、理想論ではなく、もっと複雑なインセンティブの狭間で生きている。
コミュニティの外にいる人間が傍観者について語る場合、ゲーム理論で動く合理的な人間を前提としてあげなければかわいそうな気がします。
では、合理的な人間の選択としてはどうなるか。
イジメられている人を助けることにより生じる利益と損失、助けないことにより生じる利益と損失を考えます。
(全てコミュニティ内での関係を前提としています)
イジメられている子を助けないことにより生じる利益も損失も基本的にはありません。
つまり損益の合計はプラマイゼロ。
一方でイジメられている子を助けた場合はどうか。
助けることにより生じる利益はありませんが、自分自身がイジメの対象になるリスクがあります。
助けない場合は損益0で、助けた場合はx<0になる。
イジメを見て見ぬフリをするのがよくない事というのは確かに正論ですが、それをコミュニティの外(安全圏)から言うのは、少しかわいそうな気がします。

具体的な解決策を考えられるのは、おそらく加害者に対してのみだと思います。
それも、指導やペナルティという外生的なものではダメ。
外生的な解決策はいわば痛み止めの様なもので、一時的な効果しか期待できない上に、抜本的な解決にはなりません。
加害者がイジメを辞めるように、内省的に思わせる手段を考えることがイジメの対策に唯一効果のあることです。
具体的には、加害者がイジメを行うことにより得ている正の感情を全て取り上げるような対策が必要でしょう。
イジメを行う側が自分たちを正当化する理由を考えてみると、その最大のものは俺らのコミュニティの空気を乱すという主張であるように思います。
秩序維持のため(正義のため)に仕方なくキツく当たったみたいな感じ。
また、イジメをすることによって得られる感情を考えると、嫉妬心の克服、優越感などが挙げられます。
これらはいずれも、自尊感情をみたす事に繋がっているように思います。
で、あるならば、イジメをすることにより、自尊感情が大きく傷つけられるようなシステムを作ってしまえばいいと思うんですよね。

仮にスクールカーストの様なものがあるとして、イジメを行うのは多くの場合カーストの中位のグループ、下位のグループの内部で起きている場合が殆どです。
つまり、彼らは同一レイヤーの中で自己肯定感を得ようとしている。
それならば、カースト上位のグループにイジメ=ダサいというイメージを浸透させ、イジメをした人が、即座に上のレイヤーの人たちの目にとまる仕組みを作ってしまえばいいと思うのです。
例えば「イジメには資格と才能がいる。自分の能力に自信があるものはイジメをしても、まあ仕方ない」というような校則を作ったり、先生が宣言したりする。
そうすると、イジメをした瞬間にそれは自らに才能があると思っているという証明になってしまいます。
中位・下位にいる人が上位レイヤーの目にとまることになる。
おそらく、イジメをすることで自分の中に抱いていた優越感は全く手に入らなくなります。
むしろ、自分自身が分をわきまえないみたいな自己イメージを抱くことになる。
イジメをすることが、加害者の自己肯定感を低下させる。
上の例は露骨すぎますが、こんな風にイジメを=自己肯定感の低下というシステムを作ってしまうのが、イジメ問題を解決するために有効な手段だと思います。
イジメ対策って、このくらい振り切ったものをしないと、解決しない気がします。

※あえて極論にふっています。こういう考え方が一般的に受け入れられづらいことも、不快になることも承知しています。その上で極論を提示するという意味で書いたエントリですので、その点はご了承ください。


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