新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



フツーに学んだら百人一首なんてつまらないに決まってる〜背景で覚える百人一首

百人一首と聞くと、どうしてもつまらないものというイメージが先行してしまいます。
その最大の理由は、中高時代に無理やり覚えさせられたからだと思うんですよね。
意味をそっちのけで、とにかく暗記しなくちゃいけないから、面白くないし、苦痛にしか感じない。
また、訳を渡されても結局そこには字面通りの訳しかないため、目を通してみても面白くもなんともない。
本当なら、そこに込められた作者がそれを詠んだ時の気持ちや、時代背景、その場面の説明があって始めて理解ができるものであるはずです。
それをバックグラウンドも、ときに直訳すらもぶった切って上の句と下の句なんて覚えさせたら、そりゃ興味を持たないのも最もです(笑)
個人的には百人一首の中にいくつも好きなものが存在します。
自分なりの解釈ですが、僕のお気に入りを幾つか紹介させて下さい。
*あくまで「個人的な」解釈です。


3首 あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の
長々し夜を ひとりかも寝む
ーあしびきの山鳥の尻尾が長いように、今日の長い夜をひとり寝ようー
夜、好きな人にメッセージを送って、返事がなかなか帰ってこないとき、時計の針が進むのをとても長く感じることがあります。
好きな人を思うから、一層夜が長く感じる。
メールも電話もなく、まして手紙も何日もかけてようやくやり取りができるようなこの歌が読まれた時代に、「数日のうちにあなたの元へ行きましょう」と言って、今日かもしれないと夜ひとりで時間の経過を数えながら好きな男を待つ気持ちは、想像に難くありません。
この詩は、そんな好きな人を待つ女を描いた詩。
因みに山鳥は当時、山の峰の両端に作ったそれぞれの巣にオスメス分かれて寝ています。
そんな山鳥を序詞に持ってきて、離れ離れの気持ちを詠んでいるところが、とてもグッときます。


6首 かささぎの 渡せる橋に おく霜の
白きをみれば 夜もふけにける
中納言家持
カササギが渡した橋に霜が降り積もっているように夜空は星で真っ白だ。それを見ていると、夜もすっかり更けたと思う。ー
一年に一度、七夕の夜にだけ会える織姫と彦星。
その二人が川を渡る時に、真っ白なかささぎが集まり、その羽根で橋を架けるという唐の伝説があります。
家持のこの歌は、宮中にあった橋に霜が降りて薄っすら白くなっていたのを、かささぎの橋に見たてて詠んだ歌とされています。
夏に架かるかささぎの橋に霜が降り注いだというように、季節の流れを感じられます。
そして、そんな美しい橋を見ているところ気づくと夜もふけてしまう。
物語と時間経過を詠み込んでいるところが、大好きな一首です。


8首 我が庵は 都のたつみ しかぞすむ
世をうぢ山と 人はいうなり
ー私の庵は山奥にあり、そこでこころ行くままにのんびり暮らしています。そんな私を世の人々は世間を憂えていると読んでいるー
これは好き嫌いの分かれる和歌だと思います。
世を捨てた法師の愚痴にも捉えられなくないから。
ただ僕は、「自然が好きだから山奥で気ままに暮らしているだけなのに、なぜか世間では世を憂いていると言われてしまう」というお茶目な法師の素直な疑問くらいに解釈しています。
本当に自然が好きで、ただその理由だけで山奥で暮らしているのに、その姿を見た世の中の人は世間を捨てて(ウジウジと)山奥に篭ったと勘違いする。
なんでみんなそんな風に思うのだろう?という、無邪気な法師像を浮かべると、全然違った見え方がする作品であると思っています。



17首 ちはやぶる 神代も知らず 竜田川
からくれなゐに水くくるとか
ー神代にもそんなお話聞いたことがありません。竜田川に散り積もった紅葉の紅で服を染めるだなんてー
伊勢物語の主人公のモデルではないかと言われている、世紀の色男の詠んだとされる詩。
真っ赤に描かれた、宮中の屏風絵を題にして詠んだものだそう。
川幅いっぱいに散り積もった紅葉で布を染めるなんてこと、当然できないわけですが、そこで染めたならばどれほど綺麗な紅葉色に染まった布が出来上がるのだろうかと、思わず想像してしまいます。
神の世界のお話でさえ聞いたことがないという前置きからの目に浮かぶような幻想の描写。
それを部屋にあった屏風絵を見て相手に送るというやり口。
ファンタジーな部分も含めて、色男「在原業平」らしいなあと思わせてくれる詩だと思います。


22首 吹くからに 秋の草木の しをるれば
むべ山風を 嵐といふらむ
ー吹き荒れると秋の草木が枯れてしまうから、なるほど山風の事を「あらし」と呼び「嵐」と書くのだろうー
「あらし」という読みと「嵐」という字に関して、綺麗に言葉遊びをして詠み込んだ作品です。
単なるシャレと言ってしまえばそれまでなのですが、言葉遊びではなくあくまで和歌としての美しさを最重要視しているように感じるため、お気に入りの一首です。
嵐という言葉に関して、あまりにも僕たちは聞き慣れてしまっているため、普段音の持つ意味と字の持つ意味なんて考えた事がありません。
そんな言葉の意味を考えさせてくれる、非常に面白い和歌だと思います。


この調子でいくと、とんでもない文字数になってしまうので、とりあえずここで止めておきたいと思います(笑)
機会があったら、またまとめてみようと思います。


続編です!よかったらこちらもよろしくお願いします。

ちはやふる(1)

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