新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



ミャンマーの民主化とこれからの課題

どうしても書くネタが思いつかなかったので、この前知り合いに頼まれて書いたやつ(結局ボツにしたものです)をアップします。。
                              

  はじめに

東日本大震災が起こった2011年3月に、ミャンマーではテイン・セインが大統領に就任し、50年近く続いた軍事政権が終わりを告げ、民政移管を果たした。現在ミャンマーでは、長らく軟禁状態とされていたアウン・サウン・スーチー氏との国家発展のための協力の合意、憲法の変更など、民主化に向けた様々な改革が進んでいる。民主化を打ち出して以降、経済成長率が6.4%、物価上昇率が4.7%(共に2013年における前年との比較)と、高い経済成長率を実現している。  こうした急速な経済発展の反面、解決しなければならない問題も多い。ミャンマーの国民は、およそ70%のビルマ人と百を超える少数民族から構成される。多数派のビルマ人と、少数民族の間で、今なお複雑な民族問題を抱えている。また主要輸出品を見ると、天然ガス、豆類、宝石などの原材料に頼っていることが分かる。産業構造の変化も今後の課題といえよう。  このようにミャンマーでは、近年の民主化によって、急速に発展する一本で、今後長期的に解決していかなければならない幾つかの問題を抱えている。本レポートでは、こうしたミャンマーの現状を分析し、課題がどこに潜んでいるのかを考えた。第一節ではまず、軍事政権時代から民主化へと舵を切るに至った、ミャンマーの政策の変遷を追いかける。次に第二節では、現在の国家予算の構成比から、ミャンマー政府の抱える問題点を考える。そして第三節で具体的な政策と、今後の展望について考察した。  ミャンマーは軍事政権からの民政移管という点で、他の後発発展途上国の今後の成長を考える上でも、一つのモデルとなる。アラブの春に代表される、国民による改革ではない政府による民主化のモデルケースとして、特徴を分析したいと思う。


  一節 軍事政権崩壊以降の変遷

 2007年は、ミャンマーにとって一つの大きな節目となる年だ。ミャンマー(当時のビルマ)では1962年にネウィン将軍が、民族間の衝突が続く不安定な情勢の中で、軍事クーデターを起こして、政権を握った。ネウィン政権は鎖国的な対外政策を採用した。それに対して海外からの理解を得られず、外貨準備の枯渇、累積した対外債務により国内経済が悪化することとなり、1987年には国連から後発発展途上国と認知されることとなった。
 その後も政権は何度か代わるものの、軍事政権は2011年まで続いた。1990年には総選挙が行われた。選挙の結果では民主化推進グループが圧勝したが、政権側が政権交代を拒み、選挙の結果を無視する形で、実質的には裁的な政権運営を続けた。
 2007年になると、軍事政権に対する抗議デモが全国規模に広がった。政権は武力でこれを制圧したが、国際社会の批判が集まることとなった。こうした海外からの批判をかわすため、民主化の意向を盛り込んだ新憲法草案が作られ、翌年には国民投票が実施され、可決された。現在ミャンマーでは新しい憲法に基づいて急速な民主化が図られ、国際社会がその動きに注目している。


  二節 データに見る経済面の問題点

 以上のような経緯に基づき、現在急速な民主化が推し進められているミャンマーであるが、同時に民族問題、教育問題をはじめ多くの問題を抱えている。二節では、GDP成長率や産業の構成比などから読み取ることができる、現在のミャンマーの抱える経済的な側面の問題点について考察する。
 ミャンマーGDP成長率は、2008年の新憲法施行以来5%以上の成長率を保っている。特に民政移管が果たされた2011年以後は6~9%の成長率となっている。貿易の輸出入額を見ても、2008年ごろから急激に伸びている(図1)。これらの点から、ミャンマーの経済成長の要因の一つが、民主化により海外貿易が活発化したことにあるといえる。
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http://ecodb.net/country/MM/tt_mei.htmlを参考に作成。)
 主要な輸出品は天然ガス、豆類、宝石で、主要輸入品は石油、機械部品、パームオイル、織物などである。主要輸出品目をみると、原材料が目立つ。また産業構成比をみると、2010年が一次産業37.6%、二次産業26%、三次産業36.4%というように6割近くが一次産業であった1995年とくらべ改善されつつあるが、依然高い割合であるといえる。三次産業は一定の割合で安定していることから、一次産業から二次産業へ比率をシフトさせていくことが必要であるといえる。


三節 具体的な背策と今後の展望

今後のミャンマーの発展を考えると、一次産業から二次産業へと産業構造のシフトが求められる。現在のミャンマーの製造業は競争力に乏しく、ASEAN諸国との貿易では関税撤廃品目を6割にとどめて、自国の製造業を保護している段階だ。しかしながら、2015年にはASEAN地域の市場統合が完了し、ミャンマーでもそれに合わせてほとんどの関税を撤廃することになる。関税を撤廃しつつ、自国の二次産業をいかに成長させていくかが大きな課題である。
関税をかけ、相対的に自国の産業を優位にする以外にも、国が行うことのできる政策は数多く存在する。関税の代わりに、同等の補助金を与えるというのも一つの手段である。あるいは保護するのではなく、経済特区を設けて成長を促進させるという方法もある。いずれにせよ、国が主体となって二次産業を育てるという指針を国内外に示し、先に挙げたような具体的な政策を打ち出していくことが重要だと考える。


  おわりに

 現在、世界各地で民主化の流れが生まれている。しかしながら民主化を実現しても、その先の成長がうまくいかず、足踏みをしている国が多く存在する。また、旧植民地であった国では、植民地時代の経済構造からうまく抜け出せず、足踏みをしている場合が多い。ミャンマーもこうした国の一つである。後発発展途上国が経済成長を遂げるためには産業構造の転換が不可欠だ。そのためには教育、社会保障制度の拡充なども必要だが、何より一次産業から二次産業へと産業構造を転換させるための国による環境作りが求められる。
ミャンマーでは今年、大規模な大統領選挙が行われる。現政権はそれに向けた具体的な成果を示すため、さまざまな経済政策を行っていた。こうした政策がどういった効果を及ぼしたかをみれば、現在成長の図を描けずに苦しんでいる他の途上国にとってもひとつの指針となる。ミャンマーが今後どのように産業構造を転換させ、経済成長を遂げていくのか。自分自身のこれからの研究テーマとしても、非常に興味深いテーマである。