読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



次の格差は本当の意味での「情報格差」

ショートコラム アニメ・マンガ考察
スマートフォンがこの1〜2年で本当に普及したように思います。
電車に乗ると、ほとんど全員がスマホを出している。
ブログのアクセス解析でも、スマホデバイスからのアクセスが増えてきました。
スマートフォンが普及すればするほど、良い消費者を作り出すというのが僕の持論なのですが、今その流れが加速しているように思います。


僕は一貫して日本の家電メーカーが今まで成長してきた最大の理由は、技術力ではなく人口増加と家族の細分化にあったと思っています。
(もちろん大きな要因に技術力があるとは思いますが、1番の理由はやはりサプライサイドではなく、需要増だという意味で)
人口が増加すれば、それに伴い必要な家電が増えるのは当然ですが、それと同時に家族の形態が小さくなることでも必要な家電は増えていきます。
極端な話、他の要因が全く変わらなくても、全ての家族が拡大家族から核家族に変わったら、必要な家・車・家電などの生活周辺の需要は倍になります。
高度経済成長期から90年代頭にかけては、人口増加に合わせて、家族形態の細分化が進んだ。
だから人口増加の速度以上に生活周辺の需要が増えて、一連の経済成長に繋がったという考えです。
需要の細分化といってもいいかもしれません。


20世紀の全体の流れが車や家電などの物理的な需要の細分化であったとしたら、21世紀はコンテンツ需要の細分化が起こっているように思います。
パソコンが価値生産を目的としているのに対して、スマートフォンは始めから「消費」を目的として作られている。
その意味でスマートフォンはパソコンの延長というよりは、テレビの延長と捉えた方が適切であるといえます。
僕が想定して話しているテレビは、マス情報を流すという意味でなく、情報を受信するデバイスという側面だけに絞っています。
近所に1台であったテレビが拡大家族(5〜8人くらい?)に一台になり、核家族(2〜3にん)に1台になった。
その流れの先と考えれば、スマートフォンの普及によってテレビ的なものが一人に1台普及したと考えることができます。

スマートフォンの普及は、単に情報受信機が一人一台になったというだけでなく、持ち運びが可能になったという意味でも非常に大きな意味合いがあると思います。
基本的にテレビの場合は家に据え置きです。
だから当然テレビからの情報受信には物理的な制限がありました。
しかし、スマートフォンにはそれがありません。
会社でも旅行先でも、テレビを持ち歩いているのうなものです。
単にコンテンツ需要が細分化されただけではなく、消費する時間が爆発的に増大した。
(話をグローバルに広げるとややこしくなるのでやめておきますが、地球規模で見れば、さらに人口爆発が重なっています。)


教育に焦点を当てると、僕はスマートフォンをパソコン(能動的な情報取得・価値生産デバイス)の延長と捉えているかテレビ(受動的な情報取得・価値非生産デバイス)の延長として捉えているかによって、その人の今後に大きな違いが生じると思っています。
スマートフォンは明らかに生活を便利にさせますが、基本的に価値を生み出しません。
あくまでもコンテンツを受け取る媒体です。
スマートフォンを使いこなせることは生活を豊かにしますが、それが将来のメシのタネになることは大部分の人にとってはありません。
パソコンは使えないけれどスマートフォンは使えるという層の増大。
こうした現象により、コンテンツ供給者になる層と需要者でいる層への二極化が起こっているように思うのです。


小さい頃からパソコンに触れている子供というのは、おそらくITリテラシーが高い人大人が周囲にいるグループです。
IT技術の普及により、地域の情報格差が減ったように見えますが、ここには決定的な地域格差があるように思います。
都心部や、一部のITリテラシーがある層にサプライサイドの情報が集中し、地方(相対的にITに関する知識が入ってこない層)にはデマンドサイドの情報が集まる。
それが進んで、サプライサイドの情報教育と、デマンドサイドの情報教育ができてくる。
明らかに現在の教育で叫ばれるITリテラシーはデマンドサイドのものです。
こうした流れが更に加速するトリガーになるのが、スマートフォンの普及であるように思うのです。

頭の中で漠然と考えていて、まだまとまってもいない状態で書いたので論理がごちゃごちゃになってしまった(笑)