新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



あまのじゃくな基本戦略

ノウハウを作る仕事とノウハウを使う仕事
僕は仕事には二つのカテゴリがあると考えています。
一つはノウハウを使う仕事で、もう一つがノウハウを作る仕事。
ノウハウを使う仕事とは、既にある仕組みやマニュアルにしたがって価値を作り出す、あるいは売り出していく仕事のことです。
製造業や営業などがここに当てはまります。
もう一つのノウハウを作る仕事というものは、価値を生み出す主体になっている、あるいは価値を生み出す仕組み自体を生み出す仕事のことを指します。
コンサルティングや職人の技術を要する仕事などがここに分類されます。
両者は本質的に全くことなる性質をもつものです。
そんなまるで違う2つの価値ですが、それを図る尺度には多くの場合サラリーという考え方が用いられています。
固定賃金制はもともとノウハウを使う仕事に対する労働の図り方であるのに、そのサラリーで全ての仕事を図ってしまっているため、現代の社会ではさまざまな問題が生じているというのが僕の基本的な考え方。


固定賃金制の中でのもっとも合理的な行動は「怠ける」こと
どのような働き方をしたとしても貰える給与が一定であるという条件のなかでは、最大限手を抜くというのが労働者にとって最も合理的な選択となります。
手を抜くとはできるだけ能動的な行動を最小限に抑えるということ。
能動性を最小に抑えたときに帰結するのがマニュアルというシステムです。
もちろん仲間意識ややりがいといった様々な感情が働き、実際には100%受動的な行動をとるということはほとんどないと思いますが、本質的にサラリーという賃金形態はマニュアルとセットになった賃金形態であるといえます。
経験や研究、職人の技術のような当事者の能動性や、膨大な暗黙知のストックを必要とする仕事にはサラリーという形態は向いていません。


資本主義はサラリーの理論で動くシステム
資本主義の下では資本家と労働者という二つのレイヤーが存在します。
もともとの資本主義の社会では資本家が労働者を使って価値を生み出すというのが基本的な構造です。
この構造では資本家がノウハウを作り出し、労働者がノウハウを使って価値を生み出していました。
労働者がノウハウを作り、かつ価値を生み出すような仕事も多く存在しましたが、それらは専門職といった形で、資本家と労働者という構造の中には入っていませんでした。
資本主義が広がるにつれて、サラリーという本来はノウハウを使う仕事に適した労働の尺度が職人の技術が価値である分野にまで普及します。
しかしながら本質的に経験や技術を要するノウハウを生み出すような仕事にはサラリーという労働体系はなじまないため、あちこちでほころびが生じている。



以上が前振りです(笑)
経験や知識の積み重ねがものをいう仕事がサラリーというマニュアル化に相性がいい体系に組み込まれることの最大のデメリットは、暗黙知の不在だと思います。
マニュアルは合理化と再現性を追求したものです。
したがって、何も知識や経験のストックがない状態でマニュアルを下敷きにした仕組みの中に組み込まれると、長期的に大きな損失になる。
逆に言えばそうした仕事の分野でマニュアルを基盤にしない環境に身を置くということは、同じフィールドで戦う人たちに対して長期的にみて大きな強みになる。
こんな風に考えているため、僕は何かを始める際には①ノウハウを生み出すタイプのジャンルであり②そのジャンルが全体として資本主義的な体系の中に組み込まれつつある分野かを考えて、それらを満たす場合③その中で合理化とは反対の部分(経験値・暗黙知)を習得するというのを基本戦略としています。
統計学において誤差は切り捨てられるべきものですが、あらゆる再現性のあるものが今後少しずつIT技術で代替されていくと考えると、誤差の部分が価値になるのではないかと思っています。

何も考えずに書いていたら文章がまとまらなくなってしまったので、これ以上崩れる前にやめにしておきます・・・すみません。

アイキャッチはクリエイティブの授業

クリエイティブの授業 STEAL LIKE AN ARTIST

クリエイティブの授業 STEAL LIKE AN ARTIST "君がつくるべきもの"をつくれるようになるために