新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



映画「暗殺教室」は金八・ごくせん系譜の熱血教師もの

実写版の暗殺教室について。
週刊少年ジャンプで連載中の、タコみたいな宇宙人がある日担任として教室にやってきて、生徒たちに「一年以内に先生を殺さなければ地球を滅ぼす」と言って始まるお話。
主人公のころせんせーの姿はふざけたフォルムで書店でみても手を伸ばしづらい上に、設定もパッと読む限りは一般受けしないような作品です。
だから始めて映画化、それも実写版でと聞いた時は「まさか!?」と思ったのですが、改めて考えてみて、結構映画に向いているように思いました。
教育系の作品の系譜で見てみると、いろいろ気になる点があり非常に面白い作品です。


超王道ストーリーを「邪道」の切り口で始めた作品

僕が暗殺教室に最も惹きつけられたのは、その設定とストーリー構成のギャップでした。
第一話では、いきなり地球を滅ぼす宇宙人が子供の前に担任としてやってきて、「一年以内に先生を殺せ」と宣言します。
しかもその先生がやってくるクラスは、超進学校の中で先生も生徒も公認でイジメや差別を受けている落ちこぼれ学級の「E組」です。
担任を殺さなければいけないという設定や、その学校でクラス教師も他のクラスの優秀な生徒もむしろ当然のものという態度でE組に対してイジメや差別をしている。
こうした第一話の切り口だけ見たら、かなり邪道(王道の対極という意味で)のストーリー展開を予想していました。
しかし実際には、そうした不遇の環境に追い込まれた子供達が、宇宙人である「ころせんせー」との教室での生活を通して少しずつ成長していくという、金八先生やごくせん顔負けの王道教師物の作品として物語が展開していきます。
邪道の皮を被って、超王道のストーリーを見せて行く。
そうした作品の作りが、教師もの作品を今の時代に受け入れられるようにやるにはどうしたらいいのかを実験しているようで、非常に面白いなと思っています。


熱血教師が受けなくなったゼロ年代

教師を扱ったドラマ作品としてパッと頭に浮かぶものといえば、時代順に金八先生GTO・ごくせん・女王の教室モンスターペアレントなどがあります。
僕はこうした教師ものの作品の大きな流れとして、教師の情熱を描くものから内面の葛藤や苦労を描くものへのシフトがあると思っています。
金八先生の時代は、the・熱血教師という印象でした。
それが、ごくせんやGTOの時代になり、先生がヤンキーやヤクザの子供という何らかの「負の部分」を背負っているようになります。
それが女王の教室になると、過去のトラウマと戦う教師が描かれるようになり、モンスターペアレントでは、現在の教師の苦労が描かれるようになる。
時代が進むにつれて、教師ものの系譜から「熱血」という要素がなくなりつつあるのです。

そうした流れの中で、暗殺教室は「熱血教師」を復活させようとします。
しかし、型通りの熱血ものをしても読者が関心を持つはずもない。
そこで、「先生を殺す」とか「差別が当然」みたいなあえて反教育的な邪道な設定を最初に持ってきたのだと思います。
その意味でぼくは、暗殺教室は十年代にカスタマイズされた金八先生であると考えています。


暗殺教室のストーリーが映画に向いていると思う理由

そういうわけで非常に大好きな暗殺教室
暗殺教室のストーリーは、映画にとっても非常に相性がいいように思います。
そこ理由は大きくふたつ。
一つが作品として訴えかけるものの強さで、もう一つが今までにない成長を扱っているという点です。

一つ目の訴えかけるものの強さに関しては、「先生を卒業までに殺さなければいけない」という1番初めの設定に関わってきます。
卒業までに先生を殺すというのは、子供達が先生を超えるということのメタファーです。
教育の究極のゴールは生徒が先生を超えることであるが、と同時に子供達が先生を超えた瞬間、先生は存在する価値がなくなってしまう、つまり先生として死んでしまう。
教師というものは、自分を殺す存在を生み出すために延々とその可能性を育てる職業である。
そんな矛盾した教師という仕事の本質を「暗殺」という設定を借りて表面化させています。
この部分が非常に大きなメッセージになって、読者を捉えている。

暗殺教室では、子供達の成長だけでなく、教える側の成長まで描かれています。
これまでの熱血教師ものだと、先生が生徒を成長させるものばかりでした。
しかしこの作品では、生徒だけでなくころせんせーと関わる先生や親たちもともに成長していく姿が描かれています。
暗殺教室では多くの大人が子供たちと関わってきます。
そしてその人たちが、時に間違えを犯し、ころせんせーによってそれに気づかされ、成長していく。
むしろ、大人が成長していくところに僕たちは感動する部分も多いように思います。
これがもう一つの今までにない成長を扱っているという意味です。
単なるども達の成長を導くえらい存在としてではなく、一緒に成長する存在として描かれる先生は、本当に現代的に思います。


映画になった時に、ライドしやすい物語

ただでさえ構成は王道の教育物であるのに、その上一つ前で書いたような作品としてのテーマ性や、人々の共感を得られる成長を色々な場面で用意してあります。
教えられる側だけでなく教える側も成長するということで、親世代も子供世代も作品世界の中の登場人物に共感することができる。
それが映画にとって非常に有利に働くのではないかと思うのです。

主人公がCGだと、おふざけの要素がですぎる不安もありますが、こうした装置をうまく使って、全力で熱血教師ものをやったとしたら、案外共感を呼び、ヒットするのではないかという気がしています。
そんな意味で非常に注目の作品。
暗殺教室は暇ができたら見に行きたいなあと思っています。



暗殺教室 13 (ジャンプコミックス)

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