新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



構造を比較するという思考法

僕は何かを考えるとき、よく物事の構造を取り出して似たものと比較するということを行います。
たとえば肉じゃがという料理について考えるとき、使っている材料も調理の流れも基本的に同じであるカレーを比較物にもってる。
完成系は全く違うけれど、材料であるニンジン・牛肉・玉ねぎ・ジャガイモ、そして煮込んで味を付けるという調理の構造は非常に近いものです。
この二つを並べて、共通点あるいは相違点を見つけていくというような感じで思考を掘り下げます。
肉じゃがとカレーの例は作家の岡田斗司夫さんがよく使う話を拝借したものなので、実際にいろいろな物事に当てはめてみたいと思います。

モーツァルトヒャダイン

クラシック界で最も才能に溢れたと評されるモーツァルトの作曲した音楽と、現在でんぱ組inc.をはじめとするアイドル音楽を中心に手がけるヒャダインこと前山田健一さんの作る音楽は、構造的に非常に似ています。
通常の音楽であれば、最初にあるテーマを用意したら、それを展開させていくようか形で曲が構成されます。
Aメロの曲調を踏まえてBメロ、サビへと発展していくイメージ。
しかしモーツァルトヒャダインの曲を聴くと、どちらも次々と全く違うメロディが展開されているのが分かります。
モーツァルトソナチネ(ピアノソナタ K.545 ハ長調 (モーツァルト) 横内愛弓 - YouTube)を聞いてみると、初めの4小節でいきなり違う曲調が入ってくるのが分かります。
そしてBメロ(クラシックなのでこの言い方は適さないのですが)で違う曲ではないかと感じるくらいのメロディが始まる。
何気無く聞いていると気にならないのですが、改めてどんなメロディを組み合わせているのかを分解すると、実は全く違う曲調のカタマリであることに気づきます。

一方のヒャダインさんも同じ感じです。
この曲(ヒャダインのじょーじょーゆーじょーで、PVを作ってみた - YouTube)のように、次々と全く予想のつかないメロディが次々と流れてくるというものが多く存在します。
ヒャダインさんの場合は聞いている人が飽きないように次々と違う展開のメロディを意識的に組み込んでいるそうです。
おそらく天然でやっていたであろうモーツァルトと、計算で次々に曲展開を変えるスタイルを貫くヒャダインさん。
全く違うメロディを一つの作品の中で展開するという曲の構造は非常に似ています。

また曲のスタイルだけでなく、両者が音楽家として身を置いている時代背景も似ているように思います。
作曲というと芸術家というイメージがありますが、モーツァルトの時代は貴族からお祝い事などの際に作曲を依頼されて、宮廷のお抱え作曲家として依頼に合わせて曲を作っていました。
宮廷の料理人などに近いイメージです。
だから、好きな音楽を書いて人に聞いてもらうという芸術家というよりは、依頼を受けて作曲・演奏をする職人のような位置づけです。
現代の作曲家も基本的には曲を発注されて、オーダーに合わせて曲を書く職人です。
ヒャダインさんもいろいろな依頼を受けて、それにあった曲を作っています。
両者が職人としての音楽家であることも共通しています。
職業音楽家にとってネタのストック、つまり依頼された時に提供できる曲の数は命綱です。
そのため一つのメロディが浮かんだら、そこから曲を広げていくというスタイルが一般的。
一つの作品に全く違う曲調を幾つも入れるというのは、それだけメロディのストック(用意してあったという意味でなく、生み出すことができるという意味で)を使い尽くしているということ。
よほど次から次へとメロディが頭に浮かんでこなければ、そんな曲作りできないはずです。
こういう背景と重ねてモーツァルトヒャダインさんを比較してみても、いろいろと気づくことがあるように思います。

グローバル企業と焼畑農業

大規模な単一商品を育てる農業と、今のグローバル企業の戦略も、構造的に見ると共通点があるように思います。
大量の安い土地を手に入れて、自然を加工して商品作物を育てやすい環境を整える。
そして大規模経営による低コスト化で非常に生産性の高い農業を展開するというのが20世紀の大規模農業です。
そして土地がやせ細ってしまったらそこを捨ててより安い土地を見つけて移動する。
「土地」の部分を「労働力」と置き換えると、現在のグローバル企業に当てはめることができます。
現在のグローバル企業は安い労働資源を求めて、中国・インド・アフリカへと生産基盤を移動させています。
ちょうど、安い土地を求めて移動する大規模農業のそれと重なります。
①巨大な資本を使い②膨大な安い資源を囲い込み③効率的な経営で利潤を最大化する。
両者の構造を取り出したらこんな感じです。
似た構造があるという所から大規模農業の結果起きた問題を見ることで、グローバル企業が同じ動きをした時に起きる問題が予想できます。

大規模農業の結果問題になったのは、「見捨てられた土地」です。
耕作に適さなくなって見捨てられた土地は、生態系が崩れ砂漠化が進行しました。
効率的な経営のためにそこに根付いた環境に手を加えすぎた結果、その土地が捨てられたあと、問題が起きます。
それをそのまま労働力に当てはめると、労働資源のコストが上がりその土地が捨てられれば、土地における砂漠化に相当する問題が起こる可能性が想像できます。
別に僕はこのエントリで、それが問題だとか言いたいわけではありません。
単に比較して考えるという思考の話をしたいだけなので。
ロジカルシンキングとはちょっと違う、構造を比較するという考え方。
最近の僕のお気に入りです。

アイキャッチはちきりんさんの「自分のアタマで考えよう」

自分のアタマで考えよう

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