遮那王義経が今月の月間マガジンで最終巻を迎えました。
2000年から15年間にわたって連載された、源義経の生涯を描いた歴史マンガです。
あまり歴史マンガは読まないのですが、この作品だけは欠かさず見ていました。
初めからバッドエンドになると知っているテーマを扱うということ
この作品が面白いと思うのは、バッドエンドにしかなりようがないストーリーを描ききったところです。
源義経の生涯を描こうとすれば、当然後半は頼朝との仲違えで奥州に逃げて自害に追い込まれるというものになってしまいます。
どう頑張っても、作品のファンになった読者が納得できるような幸せな結末を用意はできないのです。
また、義経の逸話には有名なものが数多くあります。
そのためストーリー上の展開で読者を驚かせることは、非常に難しくなります。
こうした制約がある中で「遮那王」は非常にうまく読者を引き付けた作品であるように思います。
話のはじめ方と終わらせ方のすごさ
遮那王は第一話で現代に生きる歴史研究者が、今までの常識を覆すことになるほどの巻物を発見したという設定で始まります。
そこには義経について、今までの研究で語られてきたものとは違うことが書かれていた。
その巻物を研究者が読み進めるという形で物語が進んでいきます。
源義経の出生から一連の活躍、そして頼朝との対立と最終的に奥州で自害したところまでが描かれ、最終回ではなぜ研究員が今読んでいる巻物が残っているのかという謎が解き明かされて現実の話へと戻ります。
この壮大な設定によって、バッドエンドにしかならないはずの源義経を主役にした話が後味のいいものに仕上がっています。
自分を信じてずっとついてきてくれた郎党たちが、自らの命を賭してまで義経のことを守って生き永らえさせてくれた。
(遮那王の中では義経の自害はフェイクで、仲間たちのおかげで生き延びたという設定になっています。)
その郎党たちの存在を後世に残したい。
だから巻物に自分の生涯を描いて残そうと、吉次に筆を執ってもらうところで過去の話が終わります。
文字では伝わりにくいと思いますが、この終わり方にすることで、読んでいる側はモヤモヤを残すことなく読み終えることができました。
大鏡のような構成と連載でそれをやる度胸
第一話と最終話で現実に戻るというこの構成を見たとき、古典作品の大鏡を思い出しました。
大鏡は大宅世継と夏山繁樹という二人の老人がその目で見てきた藤原道長の繁栄と衰退の歴史を思い出しながら語るという形式で描かれています。
第一話で若侍が訪れた菩提講の場で講師を待っているとき、そこで出会った二人の老人が若侍に向かって藤原氏の繁栄と衰退の歴史を語りだすという形で始まります。
そしてそれらの話が終わって若侍が質問をしようとするところで講師がやってきて、老人との雑談はお開きという終わり方をとっています。
遮那王はこの構成を本当にうまくマンガ向けに取り込んだように思います。
連載漫画は常に途中で打ち切りになる可能性をはらんでいます。
そんな中で最後まで連載しきって初めて成立するような、この構成をやってのけた作者の沢田ひろふみさんの度胸がすごいと思います。
構成面だけ見ても本当によくできた作品だったなあと思いました。
そしてもちろん登場人物は魅力的で、内容も面白いです。
最終巻は6月の中旬に発売とのこと。
久しぶりに最終回の終わり方であっと驚いた作品でした。
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