新・薄口コラム

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山月記考察・人間を捨てることで始めて人間的な行いをした李徴の人柄

高校国語の中で、やっぱり僕は中島敦さんの「山月記」が1番好きだったりします。
誰でも自分だけは特別だというヒーロー願望みたいなものがあると思います。
自分には絶対に才能があるはず。
だけど努力した結果、万が一自分に才能がなかったときに、それを受け入れることが怖い。
だから才能はあるし、やればできるとどこかで思っているけれど、いざ行動に移すことはしない。
僕らが無意識に爪先まで固めた、言い訳の理論武装を、中島敦さんは非常に端的な言葉で述べています。
曰く、「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」と。


山月記の好き嫌いが分かれる大きな理由の一つが、この「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」というフレーズにあるように思います。
山月記が好きになる人は、この言葉を見て「俺の気づかれないようにしまっておいた気持ちをよくも的確に描写して曝け出しやがった」と驚きながら共感し、嫌いになる人は「そんな偏屈な気持ちがあるわけないだろう」と(或いは無意識の)同族嫌悪に陥る。
この不自然な一言に対して湧き出す感情によって山月記の好き嫌いは分かれているように思うのです。
因みに僕は、このフレーズをみて山月記を好きになったタイプの人間です。
当時の僕にはもちろんのこと、今の僕も未だに少しだけ信じている「自分は特別なんじゃないか」という気持ちと、「自分には才能もなくて、万人と並べば埋もれる存在にすぎない」という両方の気持ちの中でも、1番デリケートに包み込んだ所をあんなにも簡単に抉り、そしてこれ以上ない的確な言葉をもってそれを晒してくれたことで山月記が好きになりました。


もうひとつ、山月記が僕を魅了する理由があります。
それは利己的だった李徴が、最後に袁傪に示した利他的な行動です。
李徴は、都にいるときから虎になるまで、そして虎になっても一貫して利己的な存在として描かれています。
才気に溢れ、細かな悪行さえもよしとしない竹を割ったような性格の李徴。
一貫して自分の才能を信じています。
そのために腐敗した権力争いに耐えられず役人の座を捨てます。
また、物書きとして生きようと決める反面で進んで師につくとかいうことはしません。
妻や子供のことを顧みず、自分の誇りを何より大切にしています。

そういう性格もあり、李徴は虎へと変身します。
利己的な心情を具現化したかのような虎になってしまった李徴。
しかしながら、その利己的な姿勢は、虎になったのちもそう簡単には消えません。
虎へと変身したあとも、李徴の利己的な性格は変わりません。
唯一心を開いた友人の袁傪に出会った時に李徴が頼んだのは、家族のことではなく、自分のこと。
人間のころの利己的な自分を悔いた後に李徴が袁傪に頼んだのは「自分の作品を一つでも世間の目に触れさせる」ことでした。
その性格故に虎へと姿を変え、その行いを自分で悔いた上で李徴は家族の心配より先に、自分の作品が世間の目に触れることを選択します。
どこまでも自分本位な李徴。
そんな李徴が、最後に袁傪に対して醜い虎の姿を見せようと言います。

李徴が自分の姿を袁傪に見せようと決心した理由は、自分の姿を誇示しようとしたからではなく、恐ろしい虎となった姿をあえて袁傪の前に晒すことで、2度とこの道を通らないようにさせるため。
李徴は今回こそ袁傪のことを人間時代の親友と見定め、食い殺さずに済むことができました。
しかし、日々人間としての心は減っていき、凶暴な虎としての心が自分の中で大きくなっています。
次に袁傪がこの道を通ったときにも友と認識して食い殺さないでいられる自信がない。
だからこそ凶暴な自分の姿を袁傪に見せることで、この道を通ることのないようにさせようと考えたのです。
僕はここが山月記の中で最も好きなシーンです。
徹底して利己的である李徴が、最後の最後で共に対して利他的になります。
そして友を思って取る手段が、虎になった己の姿を晒すということです。
唯一話ができた袁傪との交わりを絶つということは、完全に人間としての自分を失うということです。
人間としての可能性を完全に絶つことによって、自分のためではなく友を守るためという極めて人間的な行動を李徴は示しました。
最後の最後に友のために利他的な行動をする点、そしてその手段が人間で有ることを諦めることであるという点に、本当に心が惹かれました。

山月記に関しては計算された構成など、面白い点がいくつもありますが、僕が好きなところはやはり僕らの弱い部分を「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」という言葉で見事に晒してくれたところと、最後に人間であるために人間を捨てた李徴の行動です。
学生時代にテスト勉強として向き合っていると、どうしても作品として楽しむことができません。
純粋な作品として改めて読み返すと、色々な読み方ができて、本当に面白い作品だと思うので、機会があれば是非読んでみてほしいなと思います。


アイキャッチ山月記

山月記・李陵 他九篇 (岩波文庫)

山月記・李陵 他九篇 (岩波文庫)

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