新・薄口コラム(@Nuts_aki)

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



火花の読み方、芥川賞の捉え方。

リアルは人を幸せにしないっていうのが僕の持論です。
子供の生涯賃金と親の収入を比較すればはっきりと正の相関が現れ、「21世紀の資本」でピケティが示した様に、資本家と労働者の格差は開いていきます。
人口減少は基本的に経済成長の減衰を呼ぶし、甲子園出場球児の誕生日を調べると明らかに4〜6月産まれ(同学年における成長スピードの格差)が多かったりします。
こうした数字に現れることは、事実ですが、知ったところで誰も幸せにしません。

芥川賞を取る作品には「新しい手法を開拓した作品」と「各世代のリアルを描いた作品」があるように思います。
ここ数年で言えば、前者に該当するのは黒田夏子さんの「abさんご」や円城塔さんの「道化師の蝶」、そして朝吹真理子さんの「きことわ」などでしょう。
後者に該当するのは綿矢りささんや西村賢太さんといった作家さんの作品です。
綿矢さんは「蹴りたい背中」で思春期の男子の内面をリアルに描き、西村賢太さんは「苦役列車」で日雇い労働者のリアルを描きます。
読者を幸せにするようなフィクションではなくありのままを描くからこそ、読者の気持ちを揺らし、ありのままだからこそ、感情の揺れには快と不快が混雑します。
決してそうした作品を批判する訳ではなく、ありのままを描いた作品というのは、大半の人にとって読んだ感想は「つまらない」か「読んで不快になった」になるのではないでしょうか。
ピースの又吉直樹さんの「火花」もこのジャンルの作品。


アクセスアップを狙うのならば、賞を受賞した直後に火花は取り上げるべきなのですが、なんとなくそういう下心で扱うのが憚られたので、今にやってしまった火花の感想。
「新しい手法を開拓した作品」と「各世代のリアルを描いた作品」の2分類でいけば、明らかに火花は各世代のリアルを描いた作品だと思います。
各世代のリアルを描いたといっても、お笑い芸人のリアルを描いているわけではありません。
又吉さんが描いたリアルは「現実社会で精一杯もがく男」のリアルです。
だから、お笑い芸人のリアルを期待する人には「おもんない」でしょうし、ストーリーで気持ち良くさせてくれる作品が好きな人にはつまらないと思います。
努力したことがない人にとってはそもそも「わからない」。
逆に、努力が報われない辛さや、上手く行かない不安から悪手を選んで道を見失った経験がある人にとっては、主人公の憧れる神谷の存在は本当によく分かるのだと思います。
主人公は、芸人としての生き方を貫く神谷に憧れ、上手くいかなくなって迷走しだす神谷に心を痛めます。
自分自身を神谷に重ねて気持ちを追体験すると、気持ちがギュッと締め付けられる感覚に陥り、主人公に気持ちを重ねると、尊敬する人が尊敬できない存在になっていくのを横でみるあの辛さと、世の中の徹底的なまでの残酷さに心を締め付けられます。
僕がざっと読んだ第一印象はこんな感じでした。

もちろん、作風や文体、構成といったところも評価基準になっているのだろうと思いますが、僕はやっぱり「努力した人のリアル」が描かれている部分が1番印象に残りました。
火花を人に勧めるかと言われたら、おそらく僕は勧めません。
ただ、純文学に抵抗がなく、何かの道で成功しようと努力した経験のある人に読んでもらい、単純に感想を聞いてみたい。
そんな感じの本でした。
個人的には最後に打ち上がった花火の、なんともいえない切なさがツボです。

アイキャッチ又吉直樹さんの「火花」
文庫は品切れが続出ということで電子版を

火花 (文春e-book)

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