新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



僕はお酒が好きなんじゃなくて、将来に投資しているだけ

ここ最近、日本酒を勉強しています。
ここ最近、日本酒を「勉強」しています。
旅先でみつけた地酒から、いわゆる銘酒と言われるものまで、結構な頻度でいろいろな種類を飲んでいると思います。
そんな僕が自信を持って言えることは、美味しいお酒と不味いお酒の違いが分からなということ(笑)
もちろん自分はどんなタイプの日本酒が好きかということは判断できるのですが、一般に「これが美味しい日本酒だ!」っていうのが、よく分からないんですよね。。

僕が何かと例に出すマンガ家の山田玲司先生。
山田先生が以前、Q&Aで「面白い映画の見つけ方」を聞かれたときに、「とにかくレンタルビデオショップのこの棚全部見るだとか、手当たり次第に本数見るしかないよね。見た映画のほとんどは「時間返せよ」って思うものばかり。でも、ごく稀に凄いのがある。その一本は、そこまでに見た面白くない映画にかけた時間全てをチャラにするくらいの作品にだったりするんだよね。」と答えていました。
(うろ覚えなので細かな言葉じりは違うかもしれません)
アーティストの高橋理子さんは、Digital Youth Collegeのトークセッションで、「美しいとか、美味しいっていうのは対極を知って初めて分かる概念だから、誰が見ても「うえっ」ってなるような美術作品だとか、普通に使ったらどうやっても美味しくなるような材料を使って、誰もが不味いと感じる料理を作れみたいな課題があってもいいと思う。」と言っています。
山田先生のいう「手当たり次第に」ということと、高橋さんのいう「対極を知る」っていうことが、何かの判断基準を持つ上で大切なことであるような気がします。

日本酒に詳しくなろうと思ってまず先に僕がやったことは、「美味しいお酒」を調べることでした。
で、雑誌やWebで美味しいと定評のあるものを順番に飲んでいきました。
この飲み方だと、「美味しくない味」っていうのんが全く分かりません。
逆説的ですが、美味しい物にしか触れていないからこそ、美味しいものが分からないという状態に陥ってしまうわけです。

BUMP OF CHIKENが「レム」という曲の歌詞で<美味い不味いの基準は隠れて読んだ週刊誌>と歌っています。
まさに僕がそんな感じ(笑)
膨大な普通の評価のお酒や、パック販売している日本酒風味の格安のお酒など、美味しいと評価されているもの以外の知識を身につけることが非常に重要なんだと最近気づきました。
膨大なお酒の頂点に君臨するのが、雑誌などで取り上げられる日本酒です。
そのピラミッドの頂点だけをピックアップして飲み比べたところで、味の違いは分からないのだと反省しました。

これって、デジタルネイティブな僕たちの世代によくあることだと思います。
興味を持ったらまずWebで検索してまとめを確認する
そこにあるオススメを見て、それらを順番に楽しんでいく。
もちろん、それをきっかけに、どんどん掘り下げていくまで行けばいいですが、大抵はオススメを一巡したところで満足してしまう。
こういうパターンを取る人って、結構多いように思います。

これだと、知識としての「良い物」は分かっても、自分自身の良し悪しの価値基準が生まれません。
既に評価されているものを良いと確認することはできても、それが「自分にとって」どうなのかの判断が下せない。
そうすると、ものに対する判断が自分の判断という「責任」から切り離された批評になってしまいます。
自分にとってどうなのかという視点が欠けているから、徹底的に無責任な評価になる。
僕らデジタルネイティブの世代は、そういう傾向が強くなりがちだと思うわけです。

僕は、色んな日本酒を飲んだときに、糖度や酒蔵のウンチクを語るのではなく、「これ、なんか美味しい」と、自分の評価を言えるようになりたいなあと思ったりします。
そして、情報が溢れていくこれからの社会では、そうした「自分の評価」を面白おかしくコンテンツとして発信できる人が重宝されるのではないかなあと感じています。
色んなジャンルにおいてそうした評価をできる地層を蓄えるのにはかなり時間がかかるので、今のうちから少しずつ蓄えているつもりです。
僕はその「地層」が、これからの社会での大きな差別化要因になり得ると考えています。

お酒を飲むことがやめられない言い訳に、屁理屈こねくり返して見た(笑)

アイキャッチは今日発売の山田玲司先生最新作「スーパー、スーパー、ブルーハーツ