新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



2006年関西大学社会学部 源氏物語「玉蔓」現代語訳

赤本に全訳が載っていないので、全訳を作ってみました。
内容の背景を捉えることを第一目標としているので、直訳とは若干異なるところがありますが、ご了承下さい。
順次赤本に全訳が載っていない古典の文章の訳をアップしていこうと思います。

 

 日も明けて、右近と乳母、玉蔓は知り合いの高僧の屋敷へと下りた。様々なお話を安心して話したいという考えからであろう。玉蔓の、目立たないいでたちでいるのを恥ずかしがる姿が、一層かわいらしく見える。
 右近が玉蔓に向かって微笑みながら語りかけた。「私は思ってもいなかったような立派な人たちと関わる人生を送ってきました。その中で多くの人にお会いしてきましたが、紫上の姿に並ぶ方はいらっしゃらないのではないかと思っていました。そんな中で、長年源氏にお仕えする中で、新たに生まれた明石の姫君は、源氏の子供なのだから道理ではあるのだけれど、大変かわいらしくいらっしゃいました。明石の姫君を源氏が可愛がるさまは、並ぶ者がいないほどに厚いものです。そんななかで、このように目立たない様子でいらっしゃる玉蔓が、明石の姫に劣らず美しく見えるのも、めったになくすばらしことです。光源氏は、、父の桐壺帝の時代から女御・后にとどまらず宮中にいる、あらゆる女性を見てきたけれど、当代の御母后と呼ばれた藤壺と、この明石の姫君を以って、「よき人とは、この人たちのことを言うおだろうと思う。」と、言っていました。二人を並べてみれば、私は拝見したことはありません。また、明石の姫君は清らかではあるけれど、まだ幼くてこれから成長してきれいになるでしょう。紫上の容姿に並ぶものなどいましょうか。殿も、紫上が優れていると思ってはいても、どうして自ら言葉に出して自分の妻を美しい者に数えるでしょうか、数えるはずがありません。むしろ「お前が私と並ぶなど、もったいない」などと冗談で言うくらいです。見るだけで命が延びる気になるあの方々ですが、そうそういるものではないと思います。そんなお二人に、玉蔓の美しさがどうして劣っているでしょうか。もちろん物には限りがあるので、どんなに優れているといったって、仏様のように頭上から光がさすというわけにはまいりません。ただ、玉蔓のような容姿こそ、本当に美しいと呼ぶのでしょう。」右近の微笑みながらこう語るのをみて、乳母もうれしく感じた。
 乳母は「このように素晴らしい才を持った玉蔓を、都から離れた貧しい所において、落ちぶれさせてしまうところでした。それがもったいなく感じ、家・かまども捨てて、頼ることができる自分の子供たちとも別れて、今はかえって慣れない住み心地の京都までやってきたのです。右近さん、玉蔓をよいところまで導いてください。高い位尾方々に宮仕えをしているあなたなら、自然とお会いになる人々の中に便りを探す機会も多いことでしょう。父の大臣である頭の中将にお会いして、玉蔓を認知してもらえるように便宜をお謀り下さい。」と言う。玉蔓はそのやり取りを恥ずかしく思い、顔を伏せていた。
 「いやいや、私なんて彼らの中の数にも入りませんが、光源氏の殿の御前近くに仕えていて、ものの折ごとに『(玉蔓は)どのようになったのだろう。』と私が申し上げるたびに、それを聞いて源氏は『何とかして彼女の元を尋ねたいと思っている。もしどうしているか聞くときがあったら知らせて欲しい。』といっているのです。」と右近が言うのに対して、乳母は「源氏の君では、いくら素晴らしいといっても、前にあなたがおっしゃっていたように、立派な妻たちがいらっしゃいます。まず、本当の親でいらっしゃいます頭の中将にお知らせ下さい。」と返すなどしていた。右近は、源氏が玉蔓の母の昔話などをしながら、「源氏は亡くなった夕顔のことが忘れることができず、悲しんでおり、『母の代わりに後見になろう。私はちょうど子供も少ないので、もし玉蔓の消息が分かれば、わが子が尋ね出てきたと周りに知らせて、養子に迎えよう。』と、かねてから言っています。私は当時、万事につけて気後れする年齢でしたので、気後れして夕顔が亡くなったことをあなた方に伝えることができなかったほどに、あなた(乳母)の夫が少弐の位に昇進したということを、お名前を聞いて知りました。地方官の赴任の挨拶で宮中にあなた達が来たとき、顔を見かけたのですが、結局声をかけられないままになってしまっておりました。赴任の挨拶のときに玉蔓を見かけましたが、それでも姫だけは夕顔の住んでいた五条の宿にとどめていくものだと思いました。まあひどいことに、玉蔓を田舎人のままにしてしまうところでしたね。」などと語りつつ、一日中、お話をしてすごした。