新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



クールジャパンってむちゃくち生産者目線だと思う

僕は立川談志さんや上岡龍太郎さんといった、並み外れた技術と知識で笑わせる芸人さんを好きな一方で、ジミー大西さんや志村けんさんのような、"笑われる"芸ができる人を尊敬しています。
(もちろん視聴者に楽しんでもらうための人並み外れた努力や創意工夫がそこにあるだろうことは分かっています。)
僕もまがいなりに相手を楽しませることも求められる仕事で食べているので、笑わせることがどれほど大変かは知っています。
ただ同時に、笑われるというのは、それ以上に難しいことではないかと思うのです。
自分たち自身が面白いことをしているのは言わずもがな、笑われるためには、それを笑ってくれる、潜在的なニーズが必要です。
もとから可笑しな事を探しているニーズがあって、そこにカチッとハマる物を提供するからこそ、そこで笑いが起きるのです。
そう考えると、"笑われる"という芸は、顧客視点の上流に位置するようにも思います。

笑われることと笑わせることの比較で僕の頭に浮かぶのはクールジャパンです。
海外に日本の優れた文化を輸出しようというこのクールジャパン。
僕はここに笑わせることと笑われることの違いと同じギャップを感じています。
繰り返しになりますが、クールジャパンとは日本の優れた文化を海外に発信しようというプロジェクトです。
笑いでいうところの、「笑わせる」アプローチ。
一方で、今まで世界にウケてきた日本の文化とは、コスプレやアニメといった、海外にウケる事を全然想定していないコンテンツばかり。
これはちょうど"笑われる"ことと構造が似ています。

世界にウケているのは「お・も・て・な・し」や精緻な日本の技術力などではなくて、渋谷のスクランブル交差点やニコニコ動画のコメント欄のように、もっとずっと混沌とした部分なのだと思います。
こちらが「こうしたら喜ぶやろ?」と作ったものではなく、僕らが日頃違和感なく行っているけれど、海外からみたら不思議な慣習や国際基準でみたら極めて異質なコンテンツ。
そういったものがウケているわけです。
言い換えれば、クールジャパンとは、僕たちが持っている潜在的価値を、海外から発掘してもらい、その段階で初めて価値が付与されるものであると言えます。
したがって、これが日本のコンテンツだとアピールする前に、海外からみたらヘンテコな習慣を海外から見つけやすい(平たく言えば海外の人がツッコミやすい)環境を整える方が重要だと思うのです。

コンテンツを提供する側に立ったとき、できるなら笑われるより笑わせる側に立ちたいという気持ちは分かります。
しかし、クールジャパンに関しては、元が海外に受け入れられてナンボの世界なんですよね。
であるならば、自分たちが自信を持って勧めたい、"笑わせようとする"コンテンツではなく、海外の人が日本を"笑ってくれる"ような土壌を整えることが何より大切な気がします。

アイキャッチ上岡龍太郎さん「引退-嫌われ者の美学-」

引退―嫌われ者の美学

引退―嫌われ者の美学