新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



受験勉強を始める時に必要な選択と集中の話

僕は受験勉強を始める際に1番初めに行うべきことは選択肢を並べることと、その中から選択することだと思っています。
これは志望校を選ぶということではありません。
そうではなく、もっとメタ的な、自分が取ることのできる選択には何があるかということ。
例えば高校二年生のこの時期から勉強を始めようと思うに当たって、取ることのできる選択をざっと挙げると以下の通りです。
①成績もいらない本番一発勝負で、入試時点までに限界まで伸ばすことができた実力で入ることのできる学校を狙う。
②浪人覚悟で行きたい大学に受かる実力になるまで頑張る。
③今から学校の成績を巻き返して推薦を狙う。
④今すぐに学校をやめて高校卒業検定&受験勉強に専念する。
まだまだ選択肢はありますが、さしあたっては四つ挙げました。
これらはいずれも大学に行くための手段ですが、その道のりはまるで異なります。
他の選択肢と④の選択肢が共存できないのはもちろんのこと、①と③、②と③だって基本的に共存できません。
①と②がかろうじて重なる部分があるかどうかというくらい。

共存できないもの、或いは共通部分が限りなく少ないものをどれも手に入れようとしたら、自分のリソースが分散してしまいます。
だから、選択肢を並べ終えたら選択肢の中から自分が取るべき戦略を選び、それ以外を切るという決断が必要になります。
AもBもというように二兎を追えば、それだけ目標のラインまで達する確率が低くなってしまうのです。
考え得る選択肢とは、それまでその可能性に自分の才能を分散していた総量を表します。
4つの選択肢が思いついたとして、その中で3つを捨てれば、単純に出力は4倍になるわけです。


そんな選択と集中ですが、僕はこの選択肢を選ぶことはカジノの入場料に近いものだと考えています。
カジノでは、遊ぶ前にそもそも入場するための料金を払わなければいけません。
受験においても、そもそも勉強を始める前に、入場料に相当するものを支払わなければいけないと思っているのです。
受験勉強における「入場料」は自分の才能です。
そして上に挙げた考えられる選択肢のひとつひとつがカジノ。
いくつ入場するのも構わないわけですが、それぞれの入り口で入場料を支払わなければなりません。
例えば自分の才能を仮に数値化したとにに100あるとして、それぞれの選択肢に入るための入場料が各40であれば、その人は①と③というように二つの選択肢を同時に進むことができます。
しかし、大抵の人の才能は60くらい。
そもそも分散していては、入場料を支払うことすら出来ないのです。

あれもこれもと勉強を始めて、結局成果が出ずじまいの人のほとんどは、ここでつまづいています。
複数の選択肢にかけようとしたはいいけれど、才能が入場料に達しておらず、そもそも門前払いになっているパターンです。
一方で学校の成績を取らなければと焦り、一方で一年生からの復習をして受験に備えなければと焦り、結果どちらも中途半端という人は少なくないはず。
そういう人は、入場料も足りていないのに複数の賭場で遊ぼうとしているようなものなのです。
まず受験を始める前に自分の賭場を選ぶことが大切です。



アイキャッチは選択の科学

選択の科学

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