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新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



デジタルネイティブは文字を「見る」

文章力と読解力は生まれた時代に依存する。

最近僕が考えている、言葉についての仮説です。

花ざかりの森・憂国―自選短編集 (新潮文庫)

 
紙に手書きが当然の時代であれば、自ずと誤字や書き直しのコストは、今と比べて高かったはずです。
字を間違えたからと言って、ボタン一つで綺麗さっぱり消去なんてことはなく、たとえ修正液を用いても、直せる量は限られます。
必然的に、頭から終わりまでの構成をキチンと立てておかねばならなかったし、ひと文字ずつに心血を注がなければならなかった。
それが、紙に手書きが主流の時代における、文章を書く常識でした。
パソコン上で文章を書く僕たちは、「何度も繰り返せない」という制約から解放されました。
文法的におかしくなったら後で消せるし、順番を変えたければコピー&ペーストで一瞬です。
紙で書くのが当たり前の世代にとって、文を書くことは「失敗の許されない一発勝負の本番」です
それに対して、物心つく頃からデジタルに触れる僕たちには、文章は「気が済むまで手を加えて完成形に持って行く」もの。
一発勝負ならば、それまでに相当まで構成を練らなければいけません。
逆に、気の済むまで自在に書き直せるのなら、構成よりも、瞬間のインスピレーションを重視する傾向になる。
文の書き方一つとっても、まるでアプローチが異なります。
 
時代の影響は、読む側にとってはもっと顕著です。
テレビを点ければテロップに埋もれた液晶画面、街頭には自己主張の強い広告のコピー。
ポスターにラベル、現代を生きる僕たちは、文章でなく「文字」に囲まれて生きています。
特にTwitterやLINEが普及してからは、やりとりそのものが、細分化された言葉のつぎはぎでコミュニケーションをとることが常態化するようになりました。
現代を生きる僕たちにとって、受動的に構えていて入ってくる言葉は、文章ではなく記号としての文字ばかりです。
文字という記号として存在する言葉には、文脈という概念は存在しません。
受け手が自ら思考して、その意味を主体的に読み取るという行為は、先に挙げたようなサービスでは不要だからです。
広告にしてもテレビにしても、大切なのは立ち止まって考えてもらうことではなく、直感的に理解してもらうこと。
これはsnsでも同じです。
文字を読む=文脈を読み取ることが当然である世代と、文字を読む=直感的に感じたものだけを解釈する世代では、同じ文字を見ても、捉え方は全く異なるものになるわけです。
 
僕はこうした状態が、今の子供達の読解力に対して、非常に大きな影響を与えていると考えています。
こういうと、今も昔も活字に触れない子は同じだと言われるかもしれません。
しかし、昔の文章を読まない子が全くの純朴であったのに比べて、今の文章を読まない子は文章としての言葉には触れていなくても、言葉を文字として消費することには慣れ親しんでいます。
この、文章を読む事を知らず、文字として消費するすることを知っているという点で、今と昔では決定的に違うのです。
むしろ、目についた文字だけで認識する習慣がついてしまっている分、現代の子の方が読解は苦手なのです。
 
僕はこちらが能動的に理解することが必要なのが文章で、受動的に構えていても頭に勝手に入ってくるのが文字と定義しています。
現代の僕たちの生活には、文章ではなく文字が溢れています。
特に文章を読もうと心がけない限り、僕たちが触れるのは文字ばかりです。
テレビのテロップのような文章でなく文字ばかりに触れる人にとって、言葉を読むということは「文字を見る」ことです。
そうするといざ長い文を目の前にした時も、「文字を見る」形で読んでしまう。
自分の中に「文章を読む」という経験がほとんど存在しないからです。
書くことになれば、さらに顕著です。
ひと昔前、今ほど文字に溢れていない時代であれば、何をするにせよ文章を読む機会に溢れてて、普通に生活していれば「文章を読む」という最低限の経験値は得られていました。
日常生活における言葉の体験が「文章を読む」なのか「文字を見る」なのか。
無意識に蓄積されるこの体験の違いは、読解力と文章力という点で、大きな影響を与えます。
これが冒頭で文章力と読解力は生まれた時代に依存すると言ったことです。
 
現代を生きる僕たちは、自分で思っている以上に能動的に「文章を読む」体験に触れるようにしなければ、文章力も読解力も退化してしまいます。
特に、スマホネイティブの今の子供たちは、より顕著にこの傾向が現れているはず。
毎日の生活の中に「文字を見る」体験から切り離し「文章を読む」体験の場を意識的に用意する。
読解力や文章力をつけるには、そうしたことが大切であるように思います
 
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アイキャッチは先週の水曜日が命日だった文章の鬼才、三島由紀夫の「花ざかりの森・憂国

 

 

 

花ざかりの森・憂国―自選短編集 (新潮文庫)

花ざかりの森・憂国―自選短編集 (新潮文庫)