新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



成績が伸びないのはノートの取り方を知らないから

この時期になると、高校3年生は滑り止めで受ける私立大学の試験も終わり、いよいよ第一志望の国立大への合格を目指してラストスパートをかけはじめます。
僕も現在、国立志望の生徒さんを抱え、同じ緊張感を味わいながら、日々指導をしています。
さて、そんな先輩の姿を見て触発されたのか、2年生の子たちも少しずつ受験勉強のスイッチが入りつつあります。
そんな2年生の生徒さんの一人から先日、「頑張っているのに伸びない」という相談を受けました。
その子の話を聞く限り、確かに勉強時間もしっかり確保できていて、1年生からの復習もしているようでした。
…にも関わらず思うように成績が伸びなくて悩んでいるとのこと。

僕はこの手の悩みを抱える生徒さんには、個別の目標設定やメンタル面のケアと同時に具体的なアクションとして、「ノートのとり方」のアドバイスをすることにしています。
実はこの手の悩みを抱える生徒さんに非常に多いのが、ノートをとっていない、或いはノートを取っていたとしても丸写しのようにあまりよくないノートの取り方をしているというケースなのです。

そもそもノートの役割とは何なのでしょう?
僕はノートには①学んだ内容を忘れないための記憶保存としての役割と、②その場の処理能力では理解できない情報を後で時間をかけて消化する役割の2つがあると考えています。
目と耳で手に入れた情報量と、それをノートに取りまとめた情報量で言えば、どちらがより正確でより多いかは言うまでもないことでしょう。
ノートを取ることの重要性の一つ目はこの「情報の保存」という点にあります。
こちらに関しては直感的にも分かりやすいことなのですが、僕がこの役割以上に重要だと思っているのが、②の自分の理解量を超えた情報を噛み砕くという使い方です。

僕たちは耳から一方的に入ってきた情報で全てを理解することはほとんど不可能です。
全部しっかりと話を聞いて、自分では完璧に理解しているつもりでも、実際はその理解のレベルが驚くほど浅かったという経験は少なくありません。
時系列に沿って流れてくる情報は、自分の理解力以上に理解することは不可能なのです。
こうした、自分の理解力を超える情報をノートにとっておくと、その場で流れてしまった情報が記録され、あとあと見直すことで、ゆっくり理解していくことが可能になります。
耳から入ったフローの情報で理解できるのが自分の能力値だとすると、ノートにとっておくことで後から内容に対する理解を深めるということは、自分の能力値を超えた内容に挑戦しようということなのです。

これは、テレビの理解力と本の理解力に似ています。
テレビは一方的に向こうのペースで流れてくるため、そこに自分の通常の思考を上回る深い思考を挟む余地はありません。
しかし本の場合は、分かるところは早く読み飛ばし、分からない所はゆっくりと、或いは何度も読み返すということが日常に行われます。
本の場合は、そういった行為を繰り返しているうちに、自分の思考力が鍛えられると思うのです。

もし、勉強をしているのに伸び悩んでいるという人がいればそれは、勉強の仕方が悪いのか、自分の現時点の理解力の限界に達してしまったかのどちらかです。
前者であれば単にやり方を改善すればいい話なのですが、後者の場合だと、そもそも自分の理解力をアップデートするしかありません。
そのために有効なのが、「ノートをとる」とことなのです。
一度、学校の先生や塾の先生が言ったこと、黒板に書いたことを全てノートに書き写してみて下さい。
そして、わからなかった部分を徹底的に家に帰って噛み砕く。
実は分かりにくいと思っていた先生の授業は、自分の理解力が追いついていなかったのだと気づく場合が少なくありません。
場合によっては、今までは自分の理解力の中で「分かった」気になっていた内容が、実はもっとずっと深い知識が得られるということに気がつくことさえあるかもしれません。
ノートをとることの意義は、まさにここに存在しているのです。
真面目にやっているのに伸び悩んでいるという人ほど、ノート作りを意識してみて下さい。
きっと、自分の理解力そのものが更新されて、次のステージへの兆しが見えるはずです。