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新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



同一労働同一賃金は「これ以上値段が上がりません」っていう宣言だと思う

僕は自分の中でいくつか、これが来たら社会の転換点だなと思っているものがあります。
その一つが同一労働同一賃金という考え方です。
年齢や勤続年数、雇用体系といったものではなく、その人の労働に合わせて賃金が決まるというもの。
欧米などでは当たり前の考え方で、これらを支持する声も多くあります。
正社員であるとか、非正規であるとかは関係なく、その人の行う仕事で給与が判断される。
その思想は極めて的を得ていますし、本来そうあるべきだと思います。
ただ、僕が同一労働同一賃金が日本で導入された時が転換点だと思っている理由は、そうした「素晴らしさ」とは、ちょっと違うところにあります。

大きな変化があるとき、必ずそこにはそうせざるを得ない理由が存在します。
農業革命が起こり農業が発達すると、土地にかかり切りにならなければ農業が務まらないから土着したし、7世紀にイスラム教が生まれ、当時のパイの半分がそちらに流れたからこそ、キリスト教は布教のためにアジアに来て、それが結果として日本に当時の進んだ技術をもたらしました。
このように、僕はあらゆることが必然性の延長にあると思っています。
だから同一労働同一賃金という考え方も、もし普及するとしたら、なんらかの必要性の延長で取り入れられると思うのです。
ではその「延長」とはなんなのか?
僕は同一労働同一賃金が日本の制度に採用されるようになるというのは、既存のシステムが完全に機能不全に陥ったときだと思っています。
つまり、終身雇用や年功序列というシステムではどうやってもうまくいかなくなったとき。
こういう段階になってはじめて、同一労働同一賃金という考え方が日本社会で採用されるようになると思うのです。

では終身雇用や年功序列のようなシステムがうまく回らなくなった社会とはどいう状態であるのか。
日本がこれまでの成功体験を捨てて、新しい体系を取り入れるには、相当に既存のシステムが機能しなくなることが必要です。
おそらく、日本で同一労働同一賃金が採用されるのは、そのシステムがいいからではなく、そのシステムにせざるを得なくなるからだと思うのです。
どういうことか。
同一労働同一賃金と聞くと、同じ仕事をしているのなら、非正規社員でも正社員並みの待遇になるように聞こえます。
しかし実際は逆で、同じ仕事をしている正社員は非正規並みの扱いになると思うのです。
或いは今までは年功序列のために若手で凄く仕事ができるのに給料が低かった人の給料が上がるのではなく、歳を取っているからというだけで給与が高かった人が若手と同水準になる。
低水準の方に合わせるようになるのが、同一労働同一賃金だと思うのです。
とはいえ、仮に同一労働同一賃金をとりいれたとして、今働いている人たちに明日から給料下がるからなんて言えるはずがありません。
で、あるならば同一労働同一賃金の制度を取り入れれば、実際はそこから給料が上がらないというような形になると思うのです。
同一労働同一賃金になったけど、今いる人たちは、今までの待遇を保証しますみたいな感じ。
これは、裏を返せばこれ以上賃金は上がらないということ。
僕は日本企業が同一労働同一賃金を採用するとしたら、それは「労働環境の改善」のためではなくこれから給料が上がらなくなるという制度を正当化するための手段としてだと思うのです。

年功序列や終身雇用は、企業の業績が右肩上がりであること、そして従業員が増え続けることを前提に組まれたシステムです。
堀江貴文さんの言葉を借りるなら「巨大なネズミ溝」。
歳を取るほどに給与が増えるということは、従業員の年齢分布がピラミッド型になっていなければ成立し得ないのです。
今の大企業を見ると、その年齢分布はつぼ形か釣り鐘型です。
そうなると、年齢が上がるほどに給与が増えるというシステムは構造上維持できなくなってしまいます。
歳を取るほどに給与が増えるというシステムが回らなくなった企業にとってありがたいのが、同一労働同一賃金というシステム。
つまり同一労働同一賃金が採用されるときが、日本の従来のシステムが維持できなくなった瞬間だと思うのです。
同一労働同一賃金を採用するというのは、欧米の進んだ?価値観を取り入れるのではなく、日本の従来の制度が維持できなくなったことの隠れ蓑になる。
そんな風になるんじゃないかと思うのです。

アイキャッチは物事の本質を残酷なまでに指摘する橘玲さんの「バカが多いのには理由がある」

バカが多いのには理由がある

バカが多いのには理由がある