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新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



今の子達の読解力低下に対する大人の義務を考える

ITによって読解力が下がっているというのが僕の持論です。
これは決してパソコンや携帯が人を馬鹿にすると言った感情論ではありません。
そうではなくてシステム的に人々の読解力が下がっているのではないかということ。
例えば僕たちはTwitterの普及したときは140字以下の会話が主流になりました。
実際にはやり取りの多くが一言で片付いているでしょう。
その後ラインが広まると僕たちの使う言葉はがますます短いものになっていきます。
現在ではちょっとしたやりとりにはスタンプを1つを押して終わりということも頻繁にありえます。
日常生活の中で触れる文章が短くなればそれに伴って当然読解力は低下していくわけです。

文字によるコミニュケーションが手紙であった時代が一度にやりとりできる分量が限られます。
そのため1回あたりの文章量は数千字のものになるはずです。
メールの場合もそう。
1つの文章に多くの情報が詰め込まれているため受け取った側は必然的に読解力が要求されます。
最近の子供たちは読解力が低下していると言われますがそれは子供たちの努力不足ではなく、日常生活の変化が招いた結果であると僕は思うのです。
昔の人たちは努力していたから読解力があったのではなく、日々の生活において読解する力が不可欠であったからそれに応じて読解力があったわけです。
今の子供たちは昔の人に比べて、読解力を求められることがあまりに少なくなっている。
読解力の低下は子供たちに責任があるのではなくむしろ生活環境に原因があるわけです。

とは言え読解力の低下をそのままにしておくわけにはいきません。
低下したと言われる子供たちの読解力を向上させる何らかの手段が必要です。
昔の子達が努力したから読解力が上がっていたと言うわけではなく生活環境が読解力を必要としたと言う僕の仮定に基づけば、子供たちの読解力を再び向上させるには生活の中で読解力が必要不可欠であると言う状況を生み出す以外に方法はありません。
昔の人たちが生活の中で自然と身につけていた読解力を、今の子供たちは努力によって身につけなければならないと言うのは、少し理不尽に思うのです。
今の子供たちに読解力を身に付けてもらうには、生活の中に昔の人たちとおなじような読解力を必要とする環境を作ってあげることが必要です。
例えば親子のやり取りでラインの短い言葉やスタンプを使うのではなく、意図的に長い文章を書いてあげる。
あるいはちょっとした書き置きでも単語をメモするだけではなくしっかりと意味の通った文章にしておく。
このように日常生活の中に単語だけであったり短い文字だけのやりとりではなく、しっかりとした文章を散りばめるとによって、日常生活において必要な読解力のハードルを上げることができるのです。

人の能力が最も成長するのは必要に迫られた時です。
何の目的もなくある能力を向上させようとしたところで、すぐにやる気が尽きてしまうのがオチです。
海外に行って生きるために必要だから現地の言語が身に付く。
あるいは自分の夢を叶えるためには必要だからその資格を取らなければならない。
こうした何らかのインセンティブに基づいた時が最も人はやる気を出すと思うのです。
読解力だって根本は同じ。
今の子供たちに読解力が低下しているのは本人たちの努力が不足しているからではなく日常生活においてその力が必要とされていないからなのです。
その中で読解力を身に付けようとするのであれば日常生活の中における読解の必要性を上げる以外に方法はありません。
そうした環境整えてあげるのは僕たち大人の役割です。
本人たちにその必要性がないにもかかわらず一方的に読解力をつけるというのはあまりに無責任だと思うのです。
子供たちに読解力の向上を課すのであればそれを押し付けるがあの僕たちは読解力を身に付けるための環境を整えてあげる義務があります。
子供たちに新聞や本を読めと言うのは簡単です。
しかしそれに読解力が上がるとは思えない。
そこには大人たちが用意してあげなければならない読解力が必要とされる環境が存在しないからです。
子供たちの負担を増やすだけではなく大人の側が子供たちが読解力を身に付けてもらうための環境整備という負担を進んで担う。
その覚悟を持たずに子供たちの読解力不足を嘆くのは筋違いな気がします。
子供たちと同等の負担を持って僕たちは環境整備に力を磨空なければなりません。
本当に子供たちの読解力の低下に対して何らかの対策をうとうと思うのであれば、僕たちがこうした意識を持つことが絶対に必要だと思うのです。

今後ますます子供たちにとって読解力が必要となる環境は減ってくると予想されます。
その中でいかに子供たちが活字、というよりも文字そのものに触れる環境を提供してあげるか。
こうした環境作りが子供たちに関わる大人全てが負わなければならない責務であると思うのです。

※試験的にiPhone音声認識機能を用いて書いた文章です。細部の誤字等、ご了承下さい。

アイキャッチは僕が共感しかねたこの本

ネットのバカ (新潮新書)

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