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新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



「最低。」を読んで作家紗倉まなのファンになったのと引き換えにAVを見れなくなった(笑)

最近僕の頭いい人センサーに引っかかった、AV女優の紗倉まなさん。

あれこれ調べていくうちに、どっぷりハマってしまいました。
といっても、それは出演しているAVのお話ではなくて、書籍やインタビューのお話。
もともと紗倉まなさんの出演作品をみたことがなかったため、僕の中は完全に作家という位置づけになっています。
今回書きたいこととは違うので、小説の感想は別途エントリを設けようと思っているのですが、個人的には今年頭に出版した「最低。」という小説はかなりオススメです。
タイトルこそ「最低。」なんていう、AVに出演して人生が狂ったみたいなことを想像させるものですが、きっとこれは編集の人が注目されるためにつけたものなんじゃないかと思います。
中身は人生が狂ってしまったみたいなものではなく、正面からAV女優となった女性たちを描いた作品です。
 
この作品を読んで面白いなあと思ったのは「見られる仕事」をしている人の描く視点です。
ふつう、才能のある作家であればあるほど、物を見る視点がズバ抜けています。
村上春樹さんや椎名誠さんのように、どうしてそんな小さな部分に気づけるのといった描写や、川端康成の雪国の冒頭のように、すごいカメラワークを文字にしたり。
とにかく、「見る目」に秀でているのが作家の特徴です。
それに対して、佐倉まなさんの作品を読んでいて感じたのは、徹底した「見られる視点」です。
今の自分の姿は相手にどのように映っているのか、この場面は第3者にとってどう見えるのか。
そういった「見られる視点」で終始描かれているのが、非常に印象的でした。
AV女優といえば、究極の「見られる仕事」です。
そんな、「見られる」ことを常に意識してきたプロの視点で書いた作品だから、情景描写にもその視点が随所に現れる。
そこが紗倉まなさんの作品に引き込まれた大きな理由でした。
基本的に作家の視点は、世界を描く映画監督的な立ち位置。
そこに被写体の視点でもって作品を書き上げたからグッと作品世界に惹きつけられる。
さらに、そこに描かれる内容は私小説のような部分もあるもの。
こんなの引き込まれるに決まっています(笑)
 
 
と、作品の話をしていると、どんどんそちらに流れてしまうので本題に。
作家、紗倉まなさんを知った僕は、当然彼女の本業であるAVの方にも興味が出て、何作品か見てみました。
もちろんfc2じゃなく、DMMでちゃんと購入して(笑)
いざ作品を見ようと思ったのですが、実際のシーンになったとき、僕は思わず映像を止めていました。
その後も何度か見ようとしたのですが、どうしても楽しめないのです。
面白い感覚だなあと思って、そのあとしばらく、作品にライドできない理由を考えました。
で、ふと気付いたのが、画面の中の演者の意図や思考を僕が知ってしまっていることが原因だということでした。
そこに映る女優はプロとして仕事をしていて、台本があって、そこには「無意識」に見えるようにカメラを意識しているという様々な現場の技術がある。
そういったことを知ってしまっているからこそ、作品をフィクションとして楽しめなくなっているのだということが分かりました。
もちろん例外の俳優さんなんかもたくさんいますし、むしろ本人が見えることに魅力を感じるという意見もあると思いますが、少なくとも僕がここで感じたのは何かを演じるときは、その演者は「器」に徹しなければならないということでした。
そう考えた時、度々炎上するアイドルの恋愛問題や、声優のAV出演問題に嘆く人の気持ちがわかりました。
器に徹しているからこそ、僕たちはそこに安心していろいろな気持ちをライドさせられるし、キャラクターをキャラクターとして楽しめるのに、そこにリアルの匂いが一瞬でも漂ったら、もうそのフィクションに乗っかれなくなってしまうのだと思います。
個性の強すぎる落語家の立川談志さんが落語好きのひとに空かれない理由もここら辺にあるのでしょう。
ゆるキャラに無邪気に手を振っていた女の子が、中にいるすね毛ボーボーで毛むくじゃらの(汗だく)を見て、全く同じテンションでまた手を振れるかっていったら多分ムリなはず(笑)
演じ手は、できる限り無=神秘的でなければいけない。
Twitterでアイドルが日常の写真をあげることがありますが、それはイメージを補完するために設計された「日常」なわけです。
僕の場合、紗倉まなさんのAV作品という「フィクション」を見るより前に、小説やインタビューという形で、ずっと純度の高いリアルな紗倉まなさんを知ってた。
だから映像作品にはあまりライドできなかったのだと思います。
フィクションを信じていればいるほど、演じ手は空っぽであって欲しいという見る側の気持ちが分かりました。
因みにその後、本や映像を楽しむ時のように、分析視点で楽しんだら紗倉まなさんの作品もフツーに楽しめたというのはここだけの話(笑)
 
アイキャッチ紗倉まなさん「最低。」です

 

最低。

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