新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



ゆとり世代の取扱説明書③必需品としての結婚と贅沢品としての結婚

「リゾート地にある別荘みたいなもの。そこそこ良い別荘があって、くれるっていうなら喜んでもらうけど、別荘が欲しいからって理由で頑張るほどじゃない。」
日曜日の岡田斗司夫ゼミで、結婚や彼女を作ることに関して、こんなことをいっていました。
これを見たとき、その通り!と強く納得しました。
いい感じの人がいれば直ぐにでも付き合いたいけれど、わざわざそのために活動したくはないし、妥協してまで誰かと付き合いたくはない。
これが、恋人・結婚相手の見つからない人々が持っている基本的なスタンスであるように思います。
欲しいという願望はあるけれど、そのために行動したり、ランクを下げてでも手に入れたいわけじゃない。
これって典型的な贅沢品を買うときのスタンスです。

先日実家に帰ったとき、彼女は?結婚は?としつこく聞かれました。
そのときの会話が、驚くくらいにかみ合わなかったことが印象に残っています。
祖父は一貫して、「結婚することありき」で語っていました。
どんな相手でもいいから、先ずは結婚するというゴールがあって、どんなに妥協してもそのゴールは外さないという考え方。
結婚をする、しないという選択肢はそもそも存在しないという感じです。
これってまさに僕たちがシャンプーやトイレットペーパーみたいな必需品を買うときの考え方です。

僕は彼女を作ることや結婚することを贅沢品のように考えているから、どれだけ妥協を重ねてもするものだという感覚が分かりません。
iPhoneを買いに行って、その店舗ではスマホが全て売り切れていたから仕方なくガラケーにしたみたいなもの。
iPhoneでないスマホならともかく、さすがにiPhone買いに行ってガラケーにはしませんし、そもそも別の店舗を見に行きます。
とにかくその店で、その場で選ばなければいけはいという理由はないからです。
一方で必需品的に彼女や結婚を捉えている祖父にとっては、「面白い人がいれば」という姿勢が信じられないみたいです。
受け身に見えるみたいです。
確かに、結婚などをなんとしてでも手に入れなければならない必需品と考えている場合、「面白い人がいれば」なんていう考えは信じられないはずです。
おそらく、無人島で遭難して今日を生きるために必死なはずなのに、釣った魚を選り好みしてリリースしているように見えるのでしょう(笑)

贅沢品的に見ている僕と、必需品として見ている祖父では、同じものであるにも関わらず、アプローチのしかたが全くことなります。
これは、車に対しても言えることです。
たとえば、僕の実家は鉄道が東西に延びるJRと、北に向かう私鉄の2本しかありません。
そのため、車がなければ生活できない。
こうした地域で過ごす人にとっては、紛れもなく、車は必需品なのです。
一方で、東京や大阪、そして京都などはどうか。
この辺の都市は交通もがかなり整理されています。
だから、車は必要ない。
むしろ、街中では車を持っているのはマイナスですらあります。
こういう都市部では、駐車場も見つけずらいし、道が混みやすい。
車がない生活は考えられない地元の暮らしと、車が維持費のかかる面倒なものくらいにしか思わない都市部の暮らしでは、全然見方が変わります。
これもやっぱり贅沢品と必需品の違い。

車や恋愛を必需品としてみている年上世代と、贅沢品的に見ている僕たち世代。
贅沢品と必需品では、それを手に入れることに対するアプローチがまるで違うから、この辺でかなりギャップが生まれているように思います。
この辺は結婚願望が強い女の子の友達とかと飲みにいっても顕著です。
絶対結婚したい!とは言うけれど、それは諸々の条件に合う人がいればという感じ。
口では「絶対結婚したい!」と言っていても、それは贅沢品のニュアンスです。
スペック面で妥協してまでという意識はあまりないんですよね。
だから、年上の人との恋愛論はいつも噛み合わないのだと思います。

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アイキャッチは贅沢品としての結婚(笑)

この人と結婚していいの? (新潮文庫)

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