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新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



答えの質ではなく、過程の質が大切というお話

最近アウトプットの量が増えすぎて、自分のブログのネタが尽きかけています(笑)
とはいえこれ以上更新しないのもまずいなあとそろそろ切に感じています。
ということで、塾の日刊コラムにあげようとしたネタを。

重松清さんの「峠うどん物語」に、つゆの仕込みに毎日使っていた菜箸をうっかり主人公の母が洗剤で洗ってしまい、うどん職人であるお爺ちゃんが激怒する。
主人公の父が全く同じ材料で作られたつゆの味見をして、「いつもの味になっているじゃないか」というのだけれど、どこか言葉に表せない部分で味が欠けている。

もう、ずいぶん前に読んだお話なので、細かな会話は忘れてしまいましたが、峠うどん物語のこのワンフレーズが未だに印象に残っています。

箸に染み込んだ味。
そこにこそ、長年積み重ねてきたものにしか出せない味の秘訣がある。

たどり着く答えが全く同じであったとしても、そこに到達するまでの過程で経験してきたことはまるで違います。
問題と格闘して、何度も自分の答案を消しゴムで消して、そうやって試行錯誤するうちにたどり着いた答え。
そうそうに分からないと匙を投げて、解答用紙を開き、解説もロクに読まず正解の数字だけを写した答え。
どちらも同じ答えです。
ただ、両者は明らかに違います。

この違いは、「応用力」となって自分に返ってきます。
持っている知識を使って教科書レベル以上の問題を解こうと思ったとき、それには自分の頭のなかで仮設と検証を繰り返す必要があります。
浮かんだ解法を試してみて、ダメだったら他の方法を試す。
ここで、泥臭く問題に向き合った人と、直ぐに答えを求める人の差がでてきます。
泥臭く問題に向き合った人にとって、最初に頭に浮かんだ解き方が間違えであるということなんて当たり前のこと。
だから、考え方が間違えであると思ったら、直ぐに別の方法を探そうとします。
それに対して常に効率よく(ときにズルく)答えを求めた人は、最初に頭に浮かんだ解き方が違ったときに、別の方法を探そうという方向に考えが向かいません。
で、頭に浮かんだ方法が通じないと、その時点で諦めてしまう。
何度もぶつかることが当然の人と、答えがあえばいいと思っている人には、この部分で決定的な違いが生まれます。

峠うどん物語に出てきたおじいちゃんの菜箸は、日々の試行錯誤を積み重ねたものです。
そこには、表面的には分からないけれど、味を左右する「決定的な何か」があったのです。
勉強も同じです。
何度も考えて、間違えては消して、そうやってたどり着いた答えと解答を写しただけのもの。
表面的には同じに見えるかもしれません。
しかし、両者には決定的な違いがあり、それは応用力が試される場、つまり入試のときに初めて気付きます。
もちろん提出期限があるので、効率よく、スピード重視で課題をこなすのも大切ですが、同時に時間をかけて、試行錯誤して経験を積むことも大事にして下さい。
その経験が積み重なると、後から逆転できない自分だけの強みになるはずです。

アイキャッチは峠うどん物語

峠うどん物語 上 (講談社文庫)

峠うどん物語 上 (講談社文庫)