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新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



ライフワークとしての天才の作り方

生徒さんたちを見ていると、数学が得意な子、英語が得意な子、そして国語が得意な子には、それぞれ特徴があるように思います。
例えば数学が得意な子は、問題を解く際に、いつも頭に空間が浮かんでいる。
英語が得意な子は、文法が頭の中に整理して収納されていて、国語が得意な子は、読んだ文章を頭の中に留めておくことができる。
数学でいえば、問題を解くときに意識せず頭に空間を思い浮かべることができる子のことが、周囲から「あの人は頭がいい」と思われているように感じます。

で、僕が最近よく考えているのは、数学でいうところの空間が頭に浮かぶ力、英語でいう頭に文法を整理して収納する力、そして国語でいうところの読んだ文章を頭の中に留めておく力が人工的に身につけることができるかどうかということ。
頭の中にこういったイメージが身についているか否かは、幼少期の遊びに大きく影響されているように思います。
例えば、僕の場合は母の実家が大工で、父が配管工であったため、物心付くころから木やパイプといったもので遊んでいました。
そのため、数学の問題を解く際に、問題文を読んで図形を頭に浮かべることはめっぽうとくいだったりします。

もちろんこういったスキルは、幼少期に無意識に身についているかどうかということが大きいと思うのですが、いざ受験時期になったとき、意識して身につけることは不可能ではないと思うのです。
例えば、一年間みっちり受験勉強をしたとします。
そのときに欠かさず全ての問題で丁寧に図形を書いていれば、十分に空間を把握する能力は身につきます。
幼いころに無自覚にやっていたことを、大きくなって無自覚に行うことは不可能(大きくなると何も考えずに物のごとに取り組むという機会が減るため)でも、意識すれば身につけることはそれほど難しくはありません。
実際に僕が質問対応等で数学の解説をするときは、このことを強く意識しています。
どんな簡単な問題でも図形を書く習慣を付けさせることで、少しずつ紙上の数式で考えるクセが抜け、空間で語ることができるようになってきます。

これは、数学に限りません。
英語でも国語でも、それぞれに必要なスキルが身に付くように意識しながら問題にとりくめば、少しずつその力が身につきます。
例えば、英語であれば文法問題集を漠然と解いて帰納法的に知識を身につけようとするのではなく、そもそもその単元にはどのような知識があり、相互にどのような関連があるのかを意識しておく。
国語であれば、段落ごとに読み終えた部分を忘れないようにパッと要約を横に書き止めておく。
そういったことの積み重ねで、少しずつ核となるスキルが身に付くようになるわけです。
なんて仮説を立てて、僕は今の古文の授業にたどり着いたのですが、少なからず効果は出てきているように思います。
そうした、知識を教えるのではなく、得意な人間の頭の中を分解して、それを細かなトライアルにしてインストールしていく。
受験勉強が勉強の全てではないと思いますが、受験で合格するために効率的な勉強方法はこの先に作れるような気がしています。
僕は19歳くらいから、自分のライフワークを「人工的に天才を作るノウハウを生み出すこと」としているのですが、コツコツその方法を作り上げています。
もちろんまだまだ自身をもってお届けできるクオリティではないのですが、少しずつそういった僕の「研究過程」もブログエントリとしてアップできたらなと思います。