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新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



aiko「瞳」考察〜主語はだれ?生まれてくる子供に向けた母の慈愛を描いた歌〜.

ずっと書きたかったのだけれど書けなかったaikoさんの「瞳」という曲の考察。

どうしてもある一箇所の解釈ができず、文章にまとめることができないままでいました。

先日ちょうど永井荷風の「濹東綺譚」を読んでいて、すっと腑に落ちる解釈が浮かんだので、まとめてみます。

 

「瞳」という曲は、aikoさんが友人の結婚&出産の時に書き上げた曲だそう。

確か何かの番組で、本人は発表する気が無かったのに、鶴瓶さんがうっかりこの曲のことを話してしまい、CDに収録されることとなったというようなことを言っていました。

終始優しいメロディで、子供の成長を見守る視点で書かれているこの曲ですが、僕にはどうしても一点だけ解釈ができない箇所がありました。

それが、一番のサビの最後の一言「あたしはあなたのそばにいる」という部分です。

「あたし」という一人称が誰を指したものであるのかが、ずっと分かりませんでした。

一人称の使い手を母と考えてしまえば、「今頃がんばっているのか」や「遠慮がちに歌います」という歌詞が成立しません。

かといって一人称がaikoさん自身であったとすると、「あたしがあなたのそばにいる」が通じなくなってしまいます。

「あたし」が指すものがaikoであるにしても、歌のモデルとなった女性であるにしても矛盾してしまいます。

僕はこの部分にずっと引っかかっていました。

 

「濹東綺譚はここに筆を措くべきであろう」

僕は濹東綺譚のこの部分、作者が(正確には濹東綺譚という小説を書いている主人公)メタフィクション的に登場するここがお気に入りなのですが、これを読み返していたときに、「瞳」も同じなのではと思いました。

つまり、初めはaikoの視点で書かれていて、途中からは母の視点ではないかということ。

もちろんaikoさん自身の解釈はどこにもないので、あくまで僕の想像ですが、以下そんな仮説のもと、歌詞を追ってみたいと思います。

 

-今頃がんばってるのか それとも新しい光が 青白い瞳に映ってるのか 間に合うように届けようと 遠慮がちに歌います "Happy birthday to you"-

僕が上で書いた解釈では、この部分の主語はaikoさん自身です。

「今頃がんばってるのか」や「間に合うように届けようと」は、明らかに近くで見ているわけではありません。

また、「遠慮がちに歌います」がお母さんでは成り立たない。

だから、ここはaikoさん自身がこれから生まれてくる赤ちゃんに向けて「おめでとう」といっているのだと思うのです。

そして(Happy birthday to you)からはちょうどaikoさんが本を開いて作品を読んでいくかのように、主人公(あたし)は母親、あなたは赤ちゃんで話が進みます。

ここからはお母さんが赤ちゃんに生まれた時に伝えるメッセージとして読むのがいいのではというのが僕の解釈です。

 

そんな風に読んでいくと、一番のサビ歌詞「胸を身体を引き裂くような別れの日もいつかは必ず訪れる そんな時にもきっとあたしがあなたの側にいる」の意味が伝わります。

今から生まれて来ようとする赤ちゃんに対して、「私はずっとあなたの味方だよ」と優しく語りかけるお母さんの姿が目に浮かびます。

aikoさんが友人のそんな姿を想像して書いたのではないかなと思います。

 

そして2番のAメロ。

「明日最後を遂げるもの 明日始まり築くもの」

これは一言で「いろいろな出会い」と考えてしまえばいいのかなと思います。

生きていくと様々な出会いがあるよというお母さんからのメッセージです。

そして続く「時が過ぎて花を付けたあなたの〜」の部分。

「花を付けた」は赤ちゃんが美しく成長したときのこと。

恐らく花ざかりということで青春の時あたりを表しているのでしょう。

あなたがよろめいたときに手を掴んでくれる人があなたを愛する人で、そんな人にいつかは出会うでしょうと続きます。

 

そして2番のサビ。

ここでは辛いことがあれば目を閉じて立ち止まってごらんと続きます。

そして、小さなとき幸せでいっぱいだった自分を思い出して。

そのときの自分がきっと支えになることでしょうと言って2番のサビは終了。

あの時(幼い時)のあなたの姿を見てきたから、どんな困難に直面しても、あなたならきっと乗り切れるよという、母からのエールが2番のサビの中心にあるメッセージでしょう。

 

そして最後のサビの部分。

2番のBメロで「よろめいたときに掴んだ手」と表された最愛の人が登場します。

やがて大きくなったら1人で歩くようになり、やがてあたし(=母)の手から離れていかなければなりません。

そんなときあなたを支えてくれる存在が、あなたを「愛する人」。

「胸を身体を頭を心をもがれるような別れの日もくる そんな時にもきっと愛する人がそばにいる」

この部分幅が解釈の幅が広くて迷う所です。

ここの別れを、あたし(=母)ともいつかは分からなければならない時が来る。

つまりいつか母は死ぬけれど、その時もきっとあなたを支えてくれる人はいるから大丈夫だよという意味で捉えることができます。

そして、こう捉えるとこの歌の歌詞がずっと深い(重い?)ものになる。

1番で「私はずっと味方だよ」といい、2番では「悩んだ時は昔の自分を思い出して」とあなたの事を信じ、そして最後には「この先いつか自分と別れる時が来るだろうけど、その時も愛する人がそばにいてくれるから大丈夫」と伝える。

これ以上ないような、母の慈愛を描いた歌になります。

最後の部分には必ずしもそんな意味を込めたのではないのかもしれません。

しかし1番で書いた以上のつらい別れで、かつあたし(母)ではない愛する人が側にいてくれるはずでしょうといわなければならないのは、母との別れ以外はないと思うのです。

でなければ「どんなときでもあなたの味方」という1番の歌詞と整合性がとれないので。

 

ということでaikoさんの「瞳」という曲の歌詞を見てきました。

冒頭部分なハッピーバースデーという気持ちをこめたaikoさん自身のお祝いの言葉から始まり、そこからはaikoさんがこの歌を贈った友人が母親として子供と付き合っていく姿を思い描いて書いた。

そして、その母はどんなときでも赤ちゃんの味方で、彼(彼女?)のする事を信じていて、そして自分が亡くなった後でさえきっと大丈夫と励ましてくれるような存在。

aikoさんらしい、優しさに満ち溢れたお祝いの歌であるように思います。

 

もちろん突飛な解釈や誇大な解釈に思われるところはあるかと思いますが、あくまで僕にはこう感じたという1つの味方を提示しただけですので、その辺はご了承下さい。

 

 

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など。

 

 

 

 

アイキャッチはもちろんaikoさんの「瞳」が集約されているCD

 

彼女

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