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新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



2015年京都産業大学一般前期1月28日井原西鶴「日本永代蔵」現代語訳

赤本に全訳が載っていないので、全訳を作ってみました。
内容の背景を捉えることを第一目標としているので、直訳とは若干異なるところがありますが、ご了承下さい。
(とくに敬語に関しては、話の筋を理解しやすくするためにあえて無視している箇所が多くあります)
順次赤本に全訳が載っていない古典の文章の訳をアップしていこうと思います。

 

ある時、夜が更けてから樋口屋の門を叩いて、酢を買いに来る人がいた。土間の仕切り戸の奥まで、かすかに声が聞こえた。雇われている男が目を覚まし、「どうしたのです。」と問いかけた。「ご面倒かもしれませんが、一文の酢を頂けないだろうか。」と言う。雇われの男は寝たふりをして返事もしなかったので、酢を買いに来た男は仕方なく帰っていった。夜が明けて樋口屋の亭主は、この雇われの男を呼び出して、何の用もなく「家の入り口を三尺掘れ」と命じた。言われたとおりに雇われの久三郎は上半身の衣服をまくって鍬を手に取り、一生懸命汗水流して、どうにか掘り進めた。その深さが三尺に達したとき、主が「そこに銭が埋まっているはずだ。まだ掘り出せないのか。」と言った。久三郎は「小石、貝殻のほかは何も見えない」と返した。それを聞いて亭主は「それほどにしても一銭もお金は手に入らないということをよく心得て、これからは一文の商いでも大切にしなければならないのです。昔、連歌師の宗祇法師がこのあたりにいました。歌道の流行っているときに、貧しい薬屋で和歌を好むものがいて、何人かのものを招いて二階の座敷で歌詠みをしていたのだそうです。その主が歌を詠む番になったときちょうど、胡椒を買いに来た人がいたといいます。この薬屋は和歌の集まりの人びとに断りを入れて、一両ほどの胡椒を渡し、三文を受け取り戻ってきて、心静かに一句を詠んだのだそうです。それを見た宗祇はその姿勢をたいそう褒めたと言われています。人はみな、この薬屋のように仕事に向き合うのです。私ももともとは持っていたお金も少なく、一代でここまでの財を築いたのです。それができたのも、家計のやりくり(丁寧な商いを)してきたからこそなのです。これをしっかりと覚えておけば、悪いようにはなりますまい。」

 

 

新版 日本永代蔵 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)

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