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新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



2010年京都産業大学一般前期1月30日日野名子「竹むきが記」現代語訳

赤本古文を訳してみた、

赤本に全訳が載っていないので、全訳を作ってみました。
内容の背景を捉えることを第一目標としているので、直訳とは若干異なるところがありますが、ご了承下さい。
(かなり急いだので、大分雑になってしまいました。。。)
順次赤本に全訳が載っていない古典の文章の訳をアップしていこうと思います。

 

 2月の中頃に、夫に先立たれ残された子供たちを連れて天王寺を参拝したことがあった。御牧のあたりから船に乗った。ことさらに浦に沿って尋ねていかなければならないことがあって、難波の浦に出たときに、「川船で海を渡るのは危ないだろう」と言い合っているのを聞いた。なるほど、海と川の境になっているあたりを見ると波はとても高く、様子が普通でなかった。見たこともない景色であったため、非常に珍しい。日が暮れるくらいのときに、貧しい宿に着いた。旅先で仮寝のために草枕を作ろうにも結ぶほどの長さもなく(そこに長く滞在するでもなく)その日の夜深くに出発して、芦屋の里という辺りに留まった。
 日が暮れ行くままに、浦の風は激しく吹いたのだけれど、そうはいってもさすがに春さきだったからか、霧で霞んだ月の光も海のかなたまで反射するほどに澄んでいた。この景色が岸に繋がれていない船が浮いているように見え、またそれが夫を亡くして頼るべきものをなくした私自信の身の上に重なって、しみじみと哀れに感じた。
 日が明けたのでこの宿を出発することになり、そこに書き置きをするのも風流だろうと思い、一首書き残すことにした。
宿とひて誰またこよひ草枕仮寝の夢を結びかさねん
(宿はないかと尋ねてきて、誰かがまたこの宿に泊まるのだろう。旅先で知らない者が偶然同じところに泊まっていく。それがなんとも面白いことです。)
その夜に一緒に泊まった旅人たちが、すぐに船で自分が向かう先へさまざま散っていくのを、どこに向かうのだろうかと考えるとしみじみとした気持ちになる。
 夜のほども泊りは同じ旅寝とて四方(よも)に別るる沖の釣船
(昨晩は同じところに泊まった者たちであるのに、朝になれば船でそれぞれの目的地に向かい、散り散りになって行くのだなあ。)
 天王寺について、住吉に参拝へ行ったところ、岸に忘れ草が咲いていた。「何前は『忘れ草』というのに、その名前は永劫忘れられないというのは面白いことだ。」と感じながら、ふと見た海の寄せては返す浦の波も羨ましく見ながら、「もし私が帰る場を持っている身であったのなら」と思い続けているのに気付くたびに、いつまでも殺された夫のことを思い過去に捉われる自分のことを、神の御心に照らして恥ずかしく思うばかりであった。