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新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



信用を集める装置としてのクラウドファンディング

年末から年始にかけて、クラウドファンディングに関して面白い話をたくさん聞いたので、僕なり考えをまとめてみました。

(最近古典の現代語訳ばかり書いていたので、久しぶりに書きたいネタでやや分量が大目です 笑)

 

 

ここ最近、個人で事業を起こしている人たち見ていると、クラウドファンディングをやっている団体が増えているように思います。

僕は比較的初期の頃から面白いクラウドファンディングの仕方をしている人たちなどを追いかけていたのですが、ここ最近で、本来あるべきところに収束しつつあるように感じています。

それは、クラウドファンディングによってファンを増やしていくという使われ方です。

 

そもそもクラウドファンディングとは、何かを作りたい人がウェブ上で出資者を募るシステムです。

最大の特徴は一人当たりの出資額が極端に小さいということ。

従来のであれば一人の賛同者がパトロンとなって大金を出資していたのですが、クラウドファンディングは、その活動に共感した人や、そのサービスが欲しいという多数の人から、少しずつお金をもらうことで成り立っています。

例えば、被災地の子どもたちに音楽を届けるために1000万かかる音楽フェスを企画したとして、今までならこの活動に共感した人からお金を貰っていました。

1000万×1人という具合です。

これがクラウドファンディングだと、日本中(時に世界中)にいる活動に共感した人たちから小口でお金を集めます。

1000円×10000人という感じ。

大人数から小口でというのが、僕が見るクラウドファンディングの「装置として」の革新的な部分だと思います(「装置として」というカッコ抜きの部分は後で説明します)。

 

初期のころは純粋に一人当たりの支払額が少額のパトロンを募るというイメージでした。

例えば僕が面白いなあと思っていたのは、ある女性用下着の事例です。

この事例では、クラウドファンディングの目的は「カワイイ女性用下着(ややエロ)」を作ることでした。

それに対して出資者へのリターン(お金を出してもらうお礼に渡す品)はネットアイドルの方がその下着を着用した写真集(DVD)というもの。

当然下着のターゲットは女性ですが、このリターンを見る限り、あくまで出資者のターゲットは男性です。

つまり、この事例ではお金をネットアイドルの下着写真集が欲しい男性から募り、女性向けの下着メーカーの立ち上げに使うという形をとっているわけです。

これに対して賛否は分かれると思いますが、僕は非常に上手なやり方だなあと思って追いかけていました。

他にも、アイドルが一緒に散歩みたいなものをリターンにしようとして炎上しかけたみたいな事例もありました。

この頃は明らかに複数人からお金を集める手段として、クラウドファンディングという装置は機能していました。

しかし、ここ最近になって、全く違うクラウドファンディングの捉え方が出てきて、そして、それが主流になりつつあるように感じます。

 

クラウドファンディングを「小口のお金を複数人から集める」装置として利用していたのに対して、ここ最近は「ファンを増やす」装置として捉える団体が増えてきたように思います。

ある作者が本を出版したいから、どんな本を出すのかを熱心に語ってそのリターンに本を贈る、どうしても作りたい映画があるから賛同してくれる人を集めてリターンは上映会やクレジットへの名前の記載にする等々。

僕はこのクラウドファンディングの「ファンを集める装置」としての捉え方が非常に面白く、かつ、様々な可能性を秘めていると思っています。

たとえば出版において非常に重要なことは初期の出版見込みと言われています。

それが、仮に本を出版したいというクラウドファンディングをして、出資額を本の値段(かもうちょい上)にして、リターンをその本そのものにし、1万人の出資を募ることができれば、それはそのまま発行部数となるわけです。

本来、発行部数はその作者の知名度やコンテンツの強さで決められます。

しかし、クラウドファンディングで一定数の出資を集めていれば、それがそのまま見込み数となります。

いわば人気の前借りです。

 

同じ「不特定多数から小口の出資を集める」という装置であっても、「出資者=お金を出す人」とみるのではなく、「出資者=ファン」と捉えることで、一気に可能性が広まります。

先の下着の例(たまたま今回は否定的な文脈で使ってしまいましたが、本来はとても凄い戦略だったと思っています)では、あくまでクラウドファンディングはお金を集める手段であり、出資者と企画の意図は完全に分離していました。

この場合、お金を集めるという目的は達成できますが、ファンを集めるということはできません。

これだと定点的にお金を募るのならば大丈夫だけれど、支持層を広める手段としてはまるで機能しません。

お金ではなくファンを集める手段として使われてこそ、クラウドファンディングの真価が発揮されるというのが僕の持論。

そして、実際に多くの成功事例が、徐々にこの方向にシフトしてきているように思います。

 

で、ここからは実際にクラウドファンディングを立ち上げるときのお話です。

こんな使い方に特化したクラウドファンディングがあれば面白い差別化になるだろうななんて僕の考えを、クラウドファンディングをしたことのある人たちに話していたら、そのたびにサービスによってかなり思想やターゲットが違うということを教えていただきました。

その中でも二人の団体の代表さんたちから聞いたお話が印象的だったので少し紹介します。

一人の方が教えてくれたのは会社によって、案件を立ち上げてからのフォローが全然違うということ。

あるサービス(名前は出すなと言われました…)では立ち上げに殆ど費用はかからないのだけれど、その分どうやれば成功するみたいなフォローも全然ないとのこと。

逆に、費用はかかるけれど「クラウドファンディングを成功させる情報」みたいなものを細かく教えてくれるサービスもあったということです。

そういう面でも単に案件の立ち上げやすさではなく、サービスを見てえらぶことが大事なのだとか。

僕は全くクラウドファンディングをする予定もないのですが、むちゃ参考になりました。

 

もう一人の方から聞いたのはサービスごとの思想の違いというお話。

やはり同じクラウドファンディングといっても、資金調達に主眼を置いているサービスもあれば、あくまでクラウドファンディングをする人の「夢」をかなえることに特化したサービスを提供する企業さんも多いとのことでした。

話の中で具体例として出て来たのはモーションギャラリーさん(こちらは名前を出してもいいとのことだったので企業名で…)という会社。

企業の方針として、単なる資金集めではなく、活動の意義を重視しているのだそう。

ちょうど、僕が考えていたクラウドファンディングの使われ方と一致していました。

やっぱりすでにそういう企業さんがいたみたいです。

 

クラウドファンディングはファンを作る装置としてこそ真価を発揮するというのが僕の持論なのですが、具体的にどのようなプロジェクトに向いているのか。

これはもう、「ファンを作ることが最大の武器になるもの」に尽きるのではないかと思います。

先に挙げた本の出版はもちろんのこと、映画なんかもそう。

本来ならば「世の中に発信→ファンの獲得」であったのを、クラウドファンディングは「ファンの獲得→世の中に発信」という順番に逆転させてしまいます。

これって、かなり大きな出来事だと思うんですよね。

そしてそれは、予算規模が大きければ大きいほど効果を発揮します。

プロジェクトの規模感=ファンを集められる規模感といえます。

たとえば、「東京の劇団を応援したい」では、ファンを募れるのはあくまで足の運べるせいぜい関東圏に留まりますが、映画や書籍みたいな全国規模なものであれば、潜在的なファンはそのまま全国にいるということになります。

2016年後半にかけて大ヒットした「この世界の片隅に」とかは、まさにここに該当します。

その意味で、映画を初めとする、全国規模でファンを獲得する潜在力のあるプロジェクトに関しては、ファン獲得の装置としてクラウドファンディングを提供するサービスとは相性がいいように思います。

これは完全に僕の肌感覚ですが、「この世界の片隅に」やキンコン西野さんの絵本「えんとつ町のプペル」の成功例に倣って、今後さらにファン獲得の側面を生かしたプロジェクトが増えてくるような気がしています。

そんな期待感も込めて追いかけているのがクラウドファンディングという「装置」だったりします。

 

 アイキャッチは川上さんのネット論