新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



やりたい事をして金を稼ぐという「経験」

以前ツイッターでつぶやきながら考えたマネタイズと価値に関するお話です。

 

好きなことで生きていこうとすれば、好きなことがどうやったらお金になるかを考えることが必要。

で、お金にしようと考えるなら、どの層にどのようにアピールしたら価値を認識してくれるかを考える必要がある。

価値を認知する人が一定数いれば、それは必ずお金になる。

 

たとえばむっちゃ古典が好きな人がいたとして、どうやって好きをお金にすればいいか?

1番分かりやすいのは古典の先生になること。

でも、それ以外だってやり方はいくらでもある。

ここで考えるのが、どうやって価値を届けるか。

古典によって価値を感じる層、或いは価値を感じる見せ方を考える。

 

詳しい解説サイトを作ればそこに「価値」が生じるかといったら、答えはNOだと思う。

その情報で価値を感じる人が明確に想定されていないから。

もちろん、「古典が大好きな人」がターゲットということは言えるけど、それがどのくらいの人数で、具体的にどういう価値を感じるかが分からない。

 

僕が考えつく最も「古典の知識」に価値を感じる層は高校生だ。

彼らには古典のテストという、越えなければならない壁があり、分からないという悩みを持っている場合が多い。

それを解決するような見せ方を作れば、立派な価値を提供したことになる。

では、高校生向けに好きな古典の話を書けばいいか?

 

もちろんそんなことはない。

今度は彼らにとってどう「古典というコンテンツ」を提供するかが重要になる。

例えば、様々な教科書を取り寄せて、多くの学校で使われる古典の作品を徹底的に分かりやすく説明したコンテンツを作る。

そうすれば紛れもなく、特定の人に価値を持つものとなる。

 

まだこの段階ではお金は発生していないのだけれど、そこに「価値」があり、それを求める人がいれば、その価値を欲しがる人が絶対に出てくる。

それはサービスそのものかもしれないし、特定の層を集めているという「現象」それ自体かもしれない。

 

いずれにせよ中心に価値があり、そこに人が集まる状態ができていれば、そこに何らかの形でお金を介在させることは可能である。

僕はこの「価値」と「需要」が揃っている所に「お金」が組み込まれることが「市場化」することだと思っている。

そして、この経験をしている人は、何をやるにしても強い。

 

学生さんを見ていると「ヤリタイコト」をしている人は多く見かけるけれど、「市場化」まで意識している人は驚く程に少ない。

多分それは得手不得手ではなく、そもそも市場化という発想がないのだと思う。

もちろんやりたいことをしていて満足というならそれでいいのだけれど、あくまでそれは消費者。

 

これはあくまで僕の定義だけれど、たとえ人を多く集めていても、たとえ人に感謝されていても、あくまでそれは生産者ではなく消費者だと思う。

誤解のないように弁解しておくと、決して「消費者」が悪いと言いたいわけではない。

ただ、生産者が少ないなら、その経験は色々得だろうというお話。