伊勢物語は雰囲気イケメンのガイドブックだと思う(前編)
池澤夏樹さんの個人編集で作られた日本文学全集。
これに思い惹かれて、久しぶりに伊勢物語を読み返しています。
もちろん歌物語ですから、原文のままの良さはあるのですが、現代を生きる作家が、今の言葉で語る、その言の葉に、原作とはまた違う良さを感じます。
僕は元々、伊勢物語を色男の指南書と思っています。
在原業平をモデルにしたと思われる色男の所作が、どれをとっても時に雅で、時に浅はかで、そこに妙な色気を感じるのです。
無粋な口上はさておいて、とりあえず僕は伊勢物語を読み返してみて、改めていいなと思う歌がいくつかあったので、その辺を含めて、伊勢物語で詠まれるお気に入りの歌を、紹介したいと思います。
1.うぐひすの花を縫ふてふ笠もがな濡るめる人に着せてかへさむ
伊勢物語120段からの引用です。
「男がいた。」というお馴染みの文句から始まるこの物語は、雨に濡れる女を見て、男が読んだとされる歌です。
現代語訳は池澤夏樹さんの日本文学全集から。
(この訳が最もきれいで、心が通じているように思いました。)
「うぐひすの花を縫ふてふ笠もがな濡るめる人に着せてかへさむ」
うぐいすが
花から花へ跳びまわるさまを
花笠を縫う、と言います
その笠を
わたくしも欲しいのです
濡れているあなたに
着せかけるために
「花笠を縫う」という比喩を使って雨に濡れた女性に気を配りつつ好意を示す。
そんな繊細な気持ちが書かれているように思えて、僕のお気に入りです。
三段もお気に入りです。
たった数行の段なのですが、そこに出てくる歌がお気に入りです。
「思ひあらば葎の宿に寝もしなむひじきものには袖をしつつも」
わたしに対する思いがあるのならば葎の茂るような宿にも寝ましょう。
しきものはわたしの服の袖で十分です。
思いさえあればあとは質素でもいい。
言っていることはたったそれだけなのに、こんなにも雅で、お気に入りの歌だったりします。
「ならはねば世の人ごとに何をかも恋とはいふと問いし我しも」
38段に出てくる和歌です。
わたし自身が聞いたことも無いので、人と出会う度に私は「恋とは何か」と問うていたのです。そんなわたしがあなたのような人に恋とは何かを教えていたのだとは。
和歌の名手、紀有常がある男から「人を待つのがこんなにもつらいものだとは...」と言われて返したこの歌。
「恋を探していたわたしが『恋』を教えるなんて」と読んだその心意気がお気に入りです。
続いては百人一首にも掲載されているこの歌。
「ちはやぶる神代も聞かず龍田川からくれなゐに水くくるとは」
伊勢物語106段に載っているこの歌。
僕の最もお気に入りの和歌の一つでもあります。
神の時代にも聞いたことがありません。こんなにも龍田川が紅葉で赤くそまっているなんて。
「ちはやふる」という枕詞(次に続く後を導くための決まった5音の言葉)の本来の意味である、「荒々しくも堂々とそこにある」という意味を考えると一層引き込まれる歌です。
45段の亡き女に向けて送った男の和歌も秀逸です。
「行く蛍雲の上まで往ぬべくは秋風吹くと雁に告げこせ」
宙を漂う蛍、もしも雲の上にまで行くことができるのなら、秋の風が吹いたのだと、雁に告げてあげてくさい。
死んだ女に対して「私の生きる現世には秋が訪れました」と述べる男の今はいないと分かっているのに、尚愛しているということが伝わるのが、凄いなあと思います。
という具合で、お気に入りの和歌を挙げればキリがないので、ちょうど半分くらいのここで切りたいと思います!
という