新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



本当に希少なものはお金では手に入らない

先日、僕がよく行く日本酒バーで、「こんなのお店の商品に並べられないから」と言って、あるお酒を飲ませてもらいました。

それは蔵元さんが江戸時代の製法を完全に再現して日本酒を作ってみたらどうなるのだろうと実感して作られたお酒です。

そもそも商品として作られたものではないので、本数も限られ、非常に貴重なものなので、まさか巡り会えるとは思ってもみませんでした。

僕が偶然にもそれを飲むことができたのは、「お金を出した」からではなく、「マスターと気が合った」から。

 

大学時代に読んだ本で、岡田斗司夫さんが「1番上質の製品は市場には出てこない」といっていたことを最近よく思い出します。

僕たちは普段、お金を払って商品を売買しているため、ついついお金で何でも買えると思ってしまうのですが、実はお金で買えるのは、そもそも市場に出ているものだけなんですよね。

市場に出ているものしかお金で買うことはできず、本当に貴重なものは実は「市場以外」のところでやりとりされている。

最近こんな風に思うようになりました。

 

誰が使っても等しい価値を有するというのがお金の最大の強みですが、裏を返せばそれで買えるものは、お金の額と同等の範囲でしか価値を見出してもらえないともいえます。

僕は誰が使っても同じ価値のお金で成り立つ貨幣経済と相性のよい商品は、どれを選んでも同じ価値を持っている大量生産品に最適化された流通手段であると思っています。

本当に希少性の高いものに関しては、お金という尺度で取引をするよりも、他の経路で人に届けた方が、より効用が最大化するような気がするのです。

 

例えば、仮に1トンの茶葉から100グラムしか取れない貴重なお茶があったとして、それをどうするかということを考えてみます。

普通の茶葉と比較して千倍の価値があるからといって、千倍の値段をつけて売っても、買い手はほとんどいないでしょう。

100gで1000円の茶葉だとして、千倍の値段で売ったら100万円。

完全に覚せい剤の単位です(笑)

また仮に買い手がいたとしても、お金を通して通常の千倍の値段で売った場合、その人との繋がりはそこで終了です。

一方で、非常に貴重だけれど市場に出すには量が少なすぎるということで、普段から自分たちの商品を贔屓にしてくれている常連さんにこれをプレゼントしたら、恐らくお金のやりとり以上に相手は価値を見出してくれるかもしれません。

このくらいの希少性のものに関しては、市場に流すよりも、親しい人にプレゼントするという形の方が有効利用ができる可能性があるわけです。

 

希少なものが市場を介さずにやりとりされるというのは今も昔も変わらずに行われていて、SNSが普及した社会では、そのやりとりがますます行いやすくなっていくように思います。

SNSの普及によって、これまではコンマ数パーセントしか行われていなかった市場「外」のやり取りが、もう少し増えるのではないかというのが僕の予想です。

 

お金さえ払えば最上級の物が手に入るという幻想が消え、お金を払って手に入れられるものは「市場に出回る中での最上位」であって、さらに希少性の高いものはお金だけでは手に入らないということが可視化されていくのがここからの社会であるような気がします。

そうした中で役に立つのはお金以外の評価を貯めること。

ウェブ上のやりとりでも直接的なコミュニケーションでもいいですが、お金のやりとり以外のところで価値を貯めることが、今後の有効手段であるように思うのです。

 

アイキャッチ岡田斗司夫さんの評価経済社会

 

評価経済社会・電子版プラス

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