新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



就活が解禁になったから塾で働く人間が新卒で塾業界を受けるという体でガチの志望動機を書いてみた②

志望動機を本気で考えてみると言っときながら、前のエントリではまったく志望動機に入らなかったので、今回はその続きをまとめます。

現在の学校教育について教員の年齢構成を見てみると、50代以上が35%近くを占めています。

和田中学や一条中学の校長として有名な藤原和博さん曰く、50-60代の教員が多かったため、30-40代の教員は非常に少ないそうです。

その反動で20代で採用を増やしたはいいけれど、その分競争倍率は低下していて(東京の初等教育に関しては3倍をきったこともある)いるとのこと。

競争率が低くなれば、採用される率は高くなり、確率的に優秀な人の割合は低下します(個々人の能力を言っているわけではなく、あくまで統計的な話)。

そうした状況の中、多くの小学校では、ベテランの先生は扱いの難しい1、2年生と、内容が高度になる5、6年生に割り振られ、必然的に若手の教員は3、4年生を担当することが多くなります。

一方で、学習内容を見てみると、様々な分野で抽象概念を習い始めるのは3、4年生のころ。

つまり、現状の小学校の教育では、その後の学習に影響を与える、抽象概念の入り口を若手が担わざるを得ない状況になっているといえます。

 

仮に学校で基礎の部分が定着しきれていない部分があるとしたら、それを補うことこそ、私塾の使命だと思います。

しかしながら、特に東京や京都、大阪といった、中高一貫の学校が多い地域であるほど、塾は「中学入試」を売りにしています。

そのため、こうした地域では小学生の塾=中学入試の手段という認識が多く、日常の学習の補完のために通塾させるという認識が薄いというのが現状であると考えます。

これが、僕の考える京都における小学校の学習指導の問題点です。

 

次に中学校を見てみると、違う問題点が浮き彫りになってきます。

京都市にある学校の中学入試の合計定員は約1500人。

それに対して京都市の中学校の1学年あたりの人数は約1万2千人です。

(昔調べたものを思い出しながら書いているので、細かなデータが違っていたらすみません)

もちろん中学入試に通過していることが優秀であることの証明ではないことくらい百も承知ですが、少なくとも中学入試をさせようと思う程度に教育に関心のある家庭ということは言えると思います。

それを踏まえてこの数字を見ると、地元の公立高校に進学するのは、中学入試に関心がある程度に教育熱心な家庭に育った子の15%近くが、まるまる引き抜かれた状態であると見ることもできます。

繰り返しますが、僕はこれをもって地元の公立高校に行く子の学力が低いなんて言うつもりはありません。

しかしながら、こうした数値が地元の公立中学校の子供達の勉強に対するモチベーションの高低に、少なからず影響があるのは事実だと思うのです。

仮に、そもそも勉強に対する意欲が高い層の上位15%がまるまる引き抜かれた状態であるとしたら、そこで集団生活を送る子供達の平均的なモチベーションが低いとしてもその責任を子供たちに求めることはできません。

システムの問題であれば、システムで解決すべきだと思うのです。

そのモチベーションを提供することが、塾の役割です。

 

僕は小学生、中学生と共に、厳しい競争に勝ち抜いて数人を難関校に入れるエリート教育ではなく、中間層の日々の学習に対するモチベーションを維持する教育こそが京都市の子供たちに最も必要な教育であると考えています。

それを提供することこそが、京都に構える私塾の役割だと思うのです。

 

っと、またマクロな視点を書いていたら文字数が増えすぎてしまきました。

また明日にでも、続きを書きたいと思います。。。

 

 

アイキャッチは昨日に続き、藤原和博さんの本