新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



ムダという「努力」が価値になる

テキストを作り、学校説明会に出つつ、テスト対策を行いetc...

また塾以外の関わらせてもらっていることも含めて、この二ヶ月くらいガラにもなく仕事に打ち込んでいました(笑)

ほぼほぼ仕事オンリーの生活です。

で、明らかに感じるのがパフォーマンスの低下。

別に休んでいないから効率が下がっているとかそういうお話ではなく、アウトプットの質が落ちているなというお話です。

元々僕は仕事柄授業時間以外はだいぶ自由な生活をしていて、朝起きてお昼まで本を読んだり情報を集めたりとインプットをしながら、ブログを書いてみたいなことが日課でした。

で、お昼からまた少し本を読んだりして、気が向いた時間に出社(笑)みたいな。

多分ここにタイムテーブルを書き出したら定時で働いている人には怒られるような生活です。

1日の大半がムダでできている(笑)

 

ただ、僕はそうした「ムダ」が結構大切であると思っています。

ムダがあるからこそ、アウトプットに個性が生まれるからです。

僕はある人が仕事でもプライベートでも何かしらのアウトプットを生み出す時にアイデアが出てくる場所を、タネを植えて目がでる土壌のようなものと考えて、「知層」と呼んでいます。

それまでに溜め込んだ膨大な知識がアウトプットの肥やしになるから知識の層で知層。

この知層を耕すには、ムダな部分が必要不可欠だと考えるのです。

 

もちろん仕事に打ち込んでいれば、仕事めんの知識や経験が膨大に積み上がり、様々な見地が得られます。

しかし、それらが蓄えられて作られる知層はかなり偏ったもの。

また仕事に打ち込んで、アウトプットも仕事関係ばかりになると、知層に埋める「タネ」も同じものばかり。

こうなってくると単作で同じ作物ばかりを育てていたら畑が痩せてしまうのと同様に、知層もどんどん貧しくなってしまいます。

僕が肌で感じているのはまさにこの部分。

 

ここ最近の僕の生活をパーセンテージにしてみると、70%が仕事で20%が人とのコミュニケーション、残りの10%がインプットという感じです。

今までは60%が仕事で35%がインプット、5%がコミュニケーションという具合。

何か興味のあるものを掘り下げたり、自分の中でグルグルと思考を巡らすインプットの時間が極端に減ったため、自分自身ではっきり分かるくらいにアウトプットに「らしさ」がなくなります。

ここ最近ブログ(や諸々の書き仕事)が書けなくなっていたのはまさにこれが理由。

自分「らしい」アイデアをひねり出すまでに、非常に時間がかかるようになってしまっていました。

 

どんな作業であれそれが仕事である以上「価値を生み出す」という部分は共通していて、その意味ではそこに差別化はありません。

価値を生み出さない部分、つまりムダにこそその人の差別化の要素があると思うのです。

ここ最近の社会では、ロジカルシンキングとか合理化といったことがもてはやされています。

もちろんそれは短期的(数ヶ月〜数年)な結果を出すためには有効な手段かもしれません。

しかし長いスパンで見たとき、徹底的にムダを省くそれらの手法は差別化という点でかなり危うい戦略に感じるのです。

論理的思考や合理的な行動が短期的な結果を出しやすいのは、他の人がする少しずつのです「ムダ」を徹底的に排することで、人より早くゴールにたどり着くことができるから。

裏を返せば、勝負の要素から「スピード」を外してしまえば何の価値もないということです。

例えばxというアウトプットを得るのにAさんは1週間、Bさんは2週間かかるとすれば、周囲に重宝されるのはどう考えてもAさんです。

しかし、スピードという視点を退けて2人の成果物を見たとき、xという成果物を出したという点ではどちらも同じ。

成果物自体に差別化の要因は含んでいないのです。

一ヶ月というタイムスパンで考えればAとBが成果物にたどり着くまでの7日という差は非常に大きなものですが、20年くらいで見たときには殆ど誤差の範囲です。

 

論理的思考と合理的な行動を突き詰めれば、行き着くのは誰が出しても同じ結論になるというのが僕の持論

「スピード」が関係ない視点でみたときに、それらに頼った結果の出し方を武器にした戦い方は非常に危ういものになります。

スピードという枠をとっぱらった時に勝敗を分けるのが、成果物自体の差別化で、その差別化を生む基盤となるのが知層。

ムダが豊かな知層を作るのだとしたら、論理的・合理的に考える際に切り捨てる「ムダ」な要素こそが最大の強みになり得ると思うのです。

当然スピードが勝負の大きな要因になっている今の社会においては、論理的・合理的な戦い方こそが勝ちパターンだと思います。

ただ、その勝負が永遠に続くかといえばそんなことはないだろうし、僕はその終わりは案外早く来るだろう(20年以内くらい)と考えています。

(速さが有効なのはあらゆる指標が右肩上がりである社会においてだと考えるからです)

 

そんなことを考えて行動を設計しているつもりだったのに、ここ最近、目の前の面白い仕事にかまけてムダを作ることをサボりがちになっていました。

日常生活にもっとムダをたくさん取り込まなければなあと反省する今日この頃です。

 

アイキャッチは「業の肯定」を唱えた談志師匠の「現代落語論」

 

現代落語論 (三一新書 507)

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