新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



2016年関西外国語大学外国語学部スペイン語一般前期「猫の草子」現代語訳

古文の現代語訳です。

赤本に載っていないので訳してみました。
急いで訳しているので細かな違い(時に大きな読み間違えがあるかもしれません..)はご了承下さい。
また、あくまで話の筋を追うことを第一に訳しています。
そのため、文法事項や敬語はあえて無視しているところがあります。
随時アップしていく予定ですので、よかったらご参照下さい。

 

鼠の和尚と思われるものが、進み出てきて、「僧様に向き合って言葉を交わすなど、非常に恐れ多いといは思いますけれども、あなたの教えを縁の下で毎日聞いておりますときに、懺悔で罪が減ると言っておられましたのを耳にしまして、こうしてあなたに会いに来ました。もし私が過去の罪を悔い過去の罪を恥じることをすれば、一句の仏法を私に授けていただけないでしょうか。」と言った。僧はそれ対して「お前たち鼠のようなつまらない者の身で、なんとも殊勝なことを言うものだ。」と並み一通りでなく思いながら、「草木や国土も全てが成仏でき、心を持たない草木も成仏することができる。ならば命のある者はただ一回でも阿弥陀仏を想えば無量の罪が滅し、存在するすべての物はただ心の変現にほかならなず、ここを去ることは難しくないと釈迦も説かれておられるわけなので、たとえ鳥類・畜生であっても、一度の念仏によって成仏しないことはありません。」と答えた。すると「それならば懺悔を申しましょう。」と言って鼠は涙を拭いながら、「この度、洛中の猫の綱を解き放たれたということで、私たちの一族は、ことごとく姿を隠し、あるいは逃げて、またあるいは滅び、残る少しの者たちも、今日明日の命と思い、心細く礎の影や縁の下で過ごしています。そのように生きていても、少しの油断も許されず、また穴を作り住居としてみたとしても、そこに住むのは一日二日のことではなく、中にずっといては息もこもり、ずっといられるものではありません。たまたま生きづらくなった外の世界に顔を出してみれば、猫に捕まって、頭から食べられ、やがて四肢を引き裂かれてしまうでしょう。このような気の晴れない目にあわなければならないのは、ひとえに前世からの因果のせいだと思うのです。」と言った。僧は鼠の訴えに「おまえたちが泣きながら伝えてくれたことは大変いたわしいことです。特に、私はあなたに仏法を授けたわけなので、弟子も同然に思っています。まずはお前に人に憎まれている理由を伝えよう。私ごときはもちろんのこと、たまたま傘を張り立てておけばすぐにしまもとを食い、お布施を渡しに来てくれた客のために煎り餅や座禅豆を用意しておけば一夜のうちにそれらを食べ、袈裟、扇、本、はりつけ、屏風、かき餅、六条など我慢せず何から何まで食い散らせば、阿闍梨のような心の広い高僧であっても、お前たちの命を絶ちたいと思うのは当然のことである。まして一般の身であれば、それ以上に憎く感じていることは至極当然と言えるだろう。」と返した。鼠がこれに「私自身もあなたに言われたことは強く感じていて、若い鼠たちには止めるようにと言っているのですが、忠言耳に逆らい、良薬口に苦しといった状態で、なかなか聞き入れず、ますます悪さをしようとするのです。そんな状態の中で、『まず第一に人に憎まれないよう振舞え。前垂、帷子、足袋、また袴、肩衣の端、唐櫃の隅、包み、葛篭の中などの隠れたところに家を作り、餌にもならず、何かに使うあてのないものを食い散らかすようなことをするな。壺の周りをうろちょろするな。』などと、彼らが赤ん坊のころから言い聞かせているのですが、ひと目につく変わった行動を取りたい様な行動ばかりを好み、人間の枕元、菰、天井、古屋根などを住処として、悪さばかりをしていますのは、本当に言い訳ができないことでございます。」と返しているのを聞いているうちに、僧は夢から覚めて、すっかりその夜は明けていた。

 

アイキャッチ太宰治御伽草子

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