新・薄口コラム

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2018年近畿大学一般入試A-1日程(1月27日)心敬「ひとりごと」現代語訳

今年度入試で出題された、古文の現代語訳速報です。
仕事の合間に急いで訳しているので、細かな違い(時に大きな読み間違えがあるかもしれません..)はご了承下さい。
また、あくまで話の筋を追うことを第一に訳しています。
そのため、文法事項や敬語はあえて無視しているところがあります。
随時アップしていく予定ですので、よかったらご参照下さい。

 

さて、この世の出来事は皆まぼろしのようなものであるとはいえ、欲界、色界、無色界のいずれもが火の海のように混乱していて、苦しみに満ちていることは知っているつもりであったのですが、実際にこのような荒れた時代に生まれたことを考えると、あらためてあさましく思うのです。50年くらいまでのことは、はっきりと見聞きして理解することができました。しかしながら、それより後の出来事は、天下が片時も治まることのないほどの荒れ具合だったのです。
 30年のころから思いかけず永亨の乱が勃発して、年月が経つにつれて幾千万人の人が刀で傷つけ合い、互いに死んでいきましたが、未だに全く治まる気配はございません。その後そう日にちも経たないうちに嘉吉の乱が発生した後は、世の中に少しも落ち着いているところがありません。諸家の内でさえ主君と家臣、あるいは同僚が争いあって、さまざまの人が次々に倒れていきました。主君も家臣も互いに自分の国をまとめようと、昼夜を問はず戦っておりましたが、一つに落ち着く場所はありませんでした。その上さらにかつてそのような令が出されたと聞き伝えられている徳政令というものさえ世の中に出されて、年を追うごとに田舎に土民が様々なところから宮中や内裏に乱れ入りて、まるで盗賊が溢れたかのような世の中になり、万人を悩まし、あらゆる人が宝を奪い取ることが絶えることがありません。こういった理由から民は疲れ都も衰え果てて、あらゆる道も一つとして残らない事態となりました。また、それから七年ほど経ったときには長い日照りに見まわれて、そこら中の田畑に稲が一筋もなくなりました。都会に住む人も田舎に住む人も身分に関係なく疲弊して、道に出ては物を乞い、そのまま倒れこんで死んでしまいました人数は、一日で一万人と言っても言い過ぎではないでしょう。まのあたりにする光景は、まるで現世が餓鬼道となり果てたようでした。昔、鴨長明方丈記という草紙に、安元の時代に一年中日照りをして、都では一日に二万人近くの死人が出たと書いています。さらには強風の日に樋口高倉の辺りから出火して、中御門京極まで火が広がり、都が焼け果ててしまったと書いてありましたが、それを読んだ時は恥ずかしながらそんな被害は偽りであると思っておりました。しかしながら、今目の前に広がる世の中を見ていると、仏教で世の中を無に帰す言われる三災はここに極まったと思えてなりません。

 

 

 

心敬連歌論集

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