新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



2016年関西外国語大学英語外国語学部英米語一般前期「雨月物語」(上田秋成)現代語訳

古文の現代語訳です。

赤本に載っていないので訳してみました。
急いで訳しているので細かな違い(時に大きな読み間違えがあるかもしれません..)はご了承下さい。
また、あくまで話の筋を追うことを第一に訳しています。
そのため、文法事項や敬語はあえて無視しているところがあります。
随時アップしていく予定ですので、よかったらご参照下さい。

 

お堂の裏手の、ごく近いところから「仏法(ぶっぱん)仏法(ぶっぱん)」となく声が聞こえるので、貴人は盃を持って「例のブッポウソウと呼ばれる鳥は鳴くことはなかったのに、(今夜は鳴き声を聞くことができて)今夜の酒宴が引き立つことだ。紹巴だったらこの様子を何と詠むか」と言った。法師(紹巴)は「私のような古臭い風体の短句などではあなたの耳を汚してしまうでしょう。今夜は旅人が泊まっておりまして、彼ならば現代風の俳諧風を詠むことができるでしょう。あなたが聞いたことのないものかと思いますので、旅人をここにお呼びして歌を詠ませます」と言った。貴人が「その者をここに呼べ」と言ったので、若い侍が夢然(旅人)の下へ向かい、「貴人がお前を呼んでいる。近くへ来い。」と言った。夢然はそれが夢とも現実とも分からないような心地で聞いて、おびえながら貴人の前へはい出した。

 

法師は夢然に向かって「前に私に詠んだ歌を是非この貴人にも詠み申し上げなさい」と言った。夢然はそれに対して恐る恐る「私は何かあなたに申し上げたでしょうか。全く覚えておりません。どうか、どうかお許し下さい。」と答えた。法師が繰り返し夢然に対して「『秘密の山』と詠んでくれたではないですか。貴人がその歌を聞きたいとおっしゃっておるのです。早く申し上げなさい。」というと、夢然はいよいよ恐れ多く感じて、「ところでその『殿下(貴人)』と呼ばれているのはどういった方なのでしょうか。なぜこのような山の深い所で夜宴などを開いているのでしょうか。まったくもって不思議なことばかりに思います。」と尋ねた。

 

法師は夢然の問いに「私が殿下と申し上げているのは、関白の秀次公のことでございます。周りにいます人は木村常陸介、雀部淡路、白江備後、熊谷大膳、粟野杢、日比野下野、山口少雲、丸毛不心、隆西入道、山本主殿、山田三十郎、不破万策という者たちです。そして私は紹巴の法橋と言います。あなたたちは不思議な場面に立ち合ったのです。先ほど私に詠んだ歌を申し上げなさい。」と言った。もしも髪の毛が生えていたら震えて逆立つかと思うほどに恐れがはげしく、肝魂が今にも消えそうな心地で震えながらずた袋からきれいな髪を取り出して、震えた手つきでそれに和歌を書き付けて差し出すと、主殿が取り上げて声高く吟じた。

鳥の音も秘密の山の茂みかな

貴人がそれを聞いて「器用なものだ。誰かこれに続く句をつけられないか。」と言ったところ、山田三十郎が進み出て、「私がお詠みしましょう。」と言って、すこしの間頭をもたげて考えると、こう詠んだ。

芥子たき明すみじか夜の床

「いかがだろうか」と紹巴に見せると、「よい歌だと思います」と言って差し出された歌を見て、貴人は「なるほど悪くないな」と面白がって、また酒を飲んだ。

 

 淡路と呼ばれるものが急に顔色を変えてやって来た。淡路が「もう修羅の時刻になったのか。阿修羅たちが迎えに来る音が聞こえます。いそいでここを出る準備をして下さい。」と言うと、一座の人々はたちまちに血の気だって、「いざ、石田、増田の郎党に今夜も一泡吹かせてやろう。」と勇み立って立ち騒いだ。秀次は木村の方を向いて「くだらない者たちに私の姿を見せてしまったものだ。彼らも修羅に連れて行け。」とおっしゃられた。老臣の人々は間に入って声を揃え、「この親子はまだ死人ではありません。いつものような悪ふざけを考えてはいけません。」と諌めた。やがて人の姿も声も遠くなっていき、雲居に消えていくようであった。

 

 親子はしばらくの間気絶していて、死んだようになっていたが、空が明け方に近づく頃に冷たく降る露によって目が覚めた。体験したことを思い返すと未だに恐ろしさを忘れられず、弘法大師の名前をせわしく何度も唱え、やや日が昇ったのを見て急いで山を下り、都に帰って薬や灸で身を供養した。

ある日、夢然が三条の橋を渡った辺りで、悪逆塚のことを思い出して、あの寺を見ながら「昼間ながら恐ろしい気持ちがした」と京都の人に語っていたことを、そのままに書き記した。

 

アイキャッチは「雨月物語

新版 雨月物語 全訳注 (講談社学術文庫)