新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



高校生を悩ます「山月記」は授業で飛ばされがちな冒頭20行の解釈でほぼ決まる!?

塾のコラム用に書いたのですが、小難しくなり過ぎてしまったので自分のブログエントリにしました(笑)


昨日の授業終わりに定期テストの範囲の質問を受けていたとき、現代文の『山月記』のお話になりました。
山月記』は多くの高校で、2年生の時に勉強します。
そして、1年生で習った芥川龍之介の『羅生門』と同じく、やや取っ付きづらい作品かもしれません。
諸々質問されたのですが、どうしてもテスト対策ベースでは表面的な説明に重きを置かなければならず、作者の技量の凄さとか、地名の果たす舞台装置としての役割だとか言ったものは説明することができません。
そこで、テストでは直接聞かれることは少ないけれど、『山月記』にもっと興味をもってもらえるのではないかという、僕なりの着眼点をいくつかまとめてみようと思います。


虎になる前から李徴が虎になることは示されている

物書きに限らず、何かを作る人は読者の考えるより何倍も細かな所まで気を配っています。
中島敦さんのような繊細な文章を書く人ならそれは明らかです。
山月記では、姿を消した李徴が虎の姿となって袁傪の元に現れるわけですが、よくよく考えて見ると、人が「虎」になるなんて不自然です。
にもかかわらず読み手はその事実を当然のように受け入れているし、何なら「なるほど虎になったのね」と、少し納得しさえしてしまいます。
なぜ僕たちは李徴が虎になるという不自然な展開を、そこまで違和感なく受け入れることができるのか。
その理由は中島敦さんの技巧に隠されています。

李徴が虎になって出てくるまでに、作者は李徴の性格を示す際、虎を暗示させるような言葉を多用しています。
「虎榜(こぼう)」「狷介(けんかい)」「頗(すこぶ)」「埒のつくり+虎)+略」(かくりゃく)」「歯牙」「狂悖(きょうはい)」「発狂」
(教科書で確認してみて下さい)
「虎」がつく漢字にけものへんに牙にetc...
山月記には、李徴が虎になったと発覚する前から、李徴の説明がなされる部分に「虎」を連想させる言葉が多用されています。
そのため読み進めるうちに、無意識に李徴の性格と虎というイメージが結びついてしまうのです。
その上で出てくる虎の姿になった李徴であるため、どこか「虎」であることに納得してしまうのではないかと思います。


臆病な自尊心と尊大な羞恥心も冒頭に描かれている


「隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね」「ついで江南尉に補せられたが」「いくばくもなく官を退いた後は、故山、虢略に帰臥し」「数年の後、貧窮に堪たえず、妻子の衣食のために遂ついに節を屈して、再び東へ赴き」「汝水のほとりでついに発狂した」
冒頭に登場する、李徴の移動を表す部分を抜粋してみました。
殆どの教科書に地図が載っていたと思うので、ここに書かれている場所をチェックしてみて下さい。

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まず、博学才穎と言われた李徴は隴西という、この描写の中で最も西にいました。
そして、江南という東の地(当時は田舎のイメージです)に仕事で渡り、そこの「俗悪な」上官に嫌気が差して、故郷(故山)に帰ります。
故郷の虢略は隴西よりは東ですが、赴任先の江南と比べればだいぶ西にあります。
そこで詩を作り名を上げようとするのですが、上手くいかず、次第に生活が困窮し、「俗悪」といって見切りをつけた東の地に再び赴かなければならなくなるのです。
そして河南省の汝水(虢略よりはやや東だが全体的には西よりの場所)で発狂して虎になってしまいます。
この東西の移動にそのまま李徴の心情の揺れが表れていると読む事ができます。
最も西にいたときは上手くいっており、東の地に派遣され様々な事に我慢せねばならず、それに耐えかねて故山に戻り才能を頼りに成功しようとするが上手くいかず、再び東に戻り、今度は当時は下に見ていた者が上官になるという経験をする。
そして、再び西に向かおうとした所で発狂してしまう。

冒頭の東西の移動と、そこに表れる李徴のかっとうをまえて「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」という言葉や、後ろに続く自分の弱さの告白を読むと、一層李徴の気持ちが理解しやすくなります。
「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」を抱える李徴が、赴任先の待遇に耐えられず、もう一度才能を信じて西に向かったのに、それも上手くいかず、再び(今度は自らの決断で)東に向かわなければならなかったのです。
中島敦さんは、李徴の東→西の移動が「臆病な自尊心」を、西→東の移動が「尊大な羞恥心」を表しているように設定しているのではないかと思います。

こんな風に見ていくと、まだまだ読み取れる事が沢山ある山月記です。
テスト期間にそこまで読み解く必要はないですし、そもそも時間もないと思いますが、もしなるほどと思うところがあったら、テスト終わりの暇なときにでも読み返して見て下さい。

 

アイキャッチ山月記

 

李陵・山月記 (新潮文庫)

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