新・薄口コラム(@Nuts_aki)

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



珍走団がよくて、ダサい族がダメな理由

朝起きたらふと頭に浮かんでいた「珍走団」という名前。

確か2チャンネルで生まれた暴走族を指す呼び名だったと思います。

これとは別に、10年前くらいに沖縄の宜野湾署が暴走族を撃退するためにつけた「ダサい族」という名前。

珍走団」はなるほど!ってなるのに、「ダサい族」はえっ...?ってなってしまう。

この両者の違いが気になってずっと頭の思考容量を食い続けていたので、いい加減鬱陶しくなって文字に起こすことにしました(笑)

 

珍走団」がよくて、「ダサい族」がなぜダメなのか?

僕の午前中の仕事のパフォーマンスをほぼ犠牲にしてたどり着いた答えは「悪意のない嘲り」の有無という部分でした。

珍走団」には「悪意のない嘲り」があるんですが、「ダサい族」にはそれがないんですよね。

というか正確にいうと、「ダサい族」という名前には、「悪意」があって「嘲り」がないのです。

 

これはあくまで僕の感覚なのかもしれませんが、「珍走団」という呼び方には、高いところから異物をみているような、徹底的な見下しを感じます。

(なぜ「珍走団」からそんな印象を受けたのかは言語化できていませんが...)

それに対して、「ダサい族」というのは、名付けようとした大人の「あいつらを潰してやりたい」という敵意みたいなものが如実に表れているんですよね。

「敵意」というのは自分が相手を視界に入らねば生じ得ない感情です。

つまり敵意を抱く時点で、相手を自分と同じフィールドで扱うことになるわけです。

 

珍走団」という呼び方には、そもそも視野にも入らない変なカタマリという印象があります。

同じフィールドと認識することもなく、でも確かに「嘲り」の意図を感じる。

珍走団」という言葉はそんな印象を含有していると思うのです。

 

暴走族の気持ちは僕には分かりませんが、その行為には少なからず「かっこいい」とか社会に対する反発みたいな意味が含まれているように思います。

だから、①そもそも同じ立場だと認識しもしない立ち位置から②圧倒的な悪意を感じさせるという「珍走団」の方が圧倒的に優れていると思うのです。

それにしてもつくづく「悪意のない嘲り」を当然のごとくに生み出せる2チャンネルははやっぱり有能だなあと思います。