新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



超攻撃的太鼓持ちのすすめLV3~キャラクターを知りレバレッジをかける~

カリスマの2類型~スーパーサイヤ人型VSレバレッジ

以前僕は、周囲の人を惹きつける人を観察して「カリスマの研究」をしていたことがあるのですが、その際にカリスマにはスーパーサイヤ人型とレバレッジ型がいるということに気がつきました。
スーパーサイヤ人型は普段の自分をそのままに総エネルギー量を爆発的に増大させるタイプ、レバレッジ型は自分の「強み」に特化してその一点を強化するタイプです。
前者は人を惹きつける自分が素の自分の延長線上にあるのですが、後者は人を惹きつけるための「魅力」を強化するために、周囲から期待される自分の強みにレバレッジをかけているので、しばしば本人の延長ではない部分でその人の魅力を形成します。
これは決して周囲の目を気にして自分を取り繕っているというわけではありません。
そうではなくて、「自分らしさ」が一番光る部分を強調するために他の部分のねじを調整するイメージ。
「なぜかわからないけど惹きつけられる」というカリスマ性は前者で、「あの人らしい」というカリスマ性は後者です。
もちろんこれはどちらがすぐれているとか、本当の価値だとかいう話をしたいわけではありません。
ただただ2種類の系統があるよねというお話。
そして、今回の一連のエントリのテーマである「『非モテ』タイプの人の言葉に熱を乗せるのにはどういった手法が有効か」という文脈でみたとき、「非モテ」タイプの人は後者の「レバレッジ型」を目指すのがいいというのが僕の考えです。


「俺はいいけど、YAZAWAはなんて言うかな?」

矢沢栄吉さんの名言に「俺はいいけど、YAZAWAはなんて言うかな?」というものがあります。
何かを選択する際に、等身大の矢沢栄吉としての自分の意見の他に、多くの人に認知されている「スーパースター」としての「YAZAWA」像に合うかどうかという判断軸を持っている。
これって、僕はレバレッジ型の典型例だと思います。
矢沢さんのこの名言のように素の自分の価値基準と同時に、周囲の人が受け入れやすいキャラクターとしての価値基準を持っておく。
何でも興味を持ててしまい、一歩引いた視点でしか社会に参加できない非モテタイプの人には非常に相性のいい処世術だと思います。

前回のエントリで書いた通り、リア充タイプの演繹型の欲求に比べて非モテタイプの人の帰納的な欲求は他者からは見えづらかったりします。
(もちろん本当は強い欲求があるのですが)本人も自分の欲求に無頓着だからこそ色々なものに首をつっこめて、その上でそこそこ楽しめるわけなので、周囲がその欲求の所在を把握することは一層難しいわけです。
だからこそ、非モテタイプの人が周囲に自分「らしさ」を知って欲しいと思う場合は、リア充タイプがそれをのぞむのに比べて、多少の工夫が必要になってきます。
それがキャラにレバレッジをかけるという方法です。
四方八方に興味のベクトルが向いている状態では、周囲からしたらその人「らしさ」はしぼれません。
だからこそ自分の側で、自分の欲求に沿って、自分の興味のつまみを調整してキャラクターを演出することが重要なわけです。
前回のエントリに書いた帰納的な欲求の把握というのは、このレバレッジをかけるキャラクターを特定する方法です。
帰納的に自分の興味をある程度特定できたら、次の段階としてはその欲求に周囲の人が気づきやすいようにレバレッジをかけていく。
これが、非モテタイプが自分の言葉に熱量を乗せるために最も重要な部分だと思います。

文章量が増えてしまったので、具体的な手法の話はLV4で書きたいと思います(笑)

 

アイキャッチは「リア充」「非モテ」の定義を生み出した岡田斗司夫さんの名著『オタクの息子に悩んでます』

この本を読んで僕は本当に岡田さんの思考の凄さに圧倒されました。 

オタクの息子に悩んでます 朝日新聞「悩みのるつぼ」より (幻冬舎新書)

オタクの息子に悩んでます 朝日新聞「悩みのるつぼ」より (幻冬舎新書)