新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



ドリカム「もしも雪なら」考察〜「みぞれまじりの雨」から「大人の恋」を読み解く〜

高校生の頃、何気なく見ていたミュージックステーションスーパーライブに登場した、DREAMS COME TRUEの2人。

初めは「両親がよく聞いていら」くらいの感覚で、なんの興味もなかったのですが、曲が始まった瞬間にテレビに釘付けになり、演奏が終わると同時にその曲を借りようと、近所のTSUTAYA飛び出した事を未だに覚えています。

初めて音楽に圧倒された曲。

それが、僕にとっての『もしも雪なら』でした。

 

「何度でも」「朝がまた来る」etc...

アップチューンの曲にもいいものはたくさんありますが、僕が思うドリカムの真骨頂は、切ないバラードを歌った時だと思います。

『もしも雪なら』には、その良さがつまっています。

 

 

〈今まで大人のつもりでいた この恋をするまでは どうにもならないこんな気持ち わたしのどこに隠れてたんだろう〉

「恋に落ちた」ことを知らせてこの曲は始まります。

通常なら、「恋に落ちた」という描写から始まるのだから、ポジティブな恋愛の話に発展していきそうなものですが、『もしも雪なら』はどこか様子が違います。

どちらかというと、「好きな人ができてバンザイ!」ではなく、「好きになってしまった」という印象の言葉回しです。

その証拠に「この恋をするまでは大人のつもりでいた」と述べられています。

この主人公は、これまでの恋には「大人」の対応をしてきたわけです。

ここでいう「大人」とは何なのでしょう?

〈会いたい人には会えない〉

続くBメロで、このように語られます。

主人公が好きになった人は「会えない」存在だそう。

『もしも雪なら』は、歌が進むにつれて、主人公の境遇が明らかになってく不思議な作りになっています。

そして、「大人の恋」の正体も少しずつ分かってくる。

というわけで、続きを見ていこうと思います。

 

1番の2回目のAメロ〈何気ないとわたしの〜〉というところは、1番の好きになった瞬間を詳細に語るだけなので(著作権の関係から)省略します。

というわけでBメロから。

〈会いたい人に会いたいと 言えないクリスマス〉

主人公は、確かにある人のことを好きなのですが、その気持ちを伝えられません。

なぜ伝えられないのか?それがサビ以降で明らかになります。

 

〈大人の方が 恋はせつない はじめからかなわない ことの方が多い〉

〈誰にも言えない 友だちにだって この想いは 言えない〉

サビで、「大人の方が恋ははじめからかなわない」と歌われます。

そして、主人公の恋は「友だちにも言えない」もの。

ここから分かるのは、主人公が恋をした相手はすでに恋人(や家族)がいる人だったという可能性でしょう。

だから、クリスマスに「会いたい」と言えないわけです。

告白するのが恥ずかしいわけでも、勇気がないわけでもなく、「すでに相手には好きな人がいる」から、相手に気持ちが伝えられない。

これが、主人公の抱える気持ちです。

そして、〈クリスマスが急にきらいになる〉とサビは綴じられます。

 

2番のAメロで、さっそくこの答え合わせがあります。

〈あなたはすでに誰かのもので ふざけるか他愛ない 電話以外は思い出も 増えていかない 増えるはずもない〉

家族が恋人かは分かりませんが、相手にはすでに大切な人がいます。

だから、主人公との思い出はちょっとしたやりとりしか増えないわけです。

思い出なんて絶対に増やさないと確認した上で、Bメロには〈会いたい人には ぜったい会えないクリスマス〉と続きます。

1番の言い回しを繰り返しても歌詞としては成り立つのに、すでに主人公の状況が明らかになったからこそ、「会いたいと言えない」ではなく「絶対に会えない」に変えているところが、吉田美和さんらしいなと思います。

こんな風に、この曲は似た言い回しでも、少しずつ表現を変えることで、歌が進めば進むほど、主人公の恋が叶わないものであるという確信を強めていきます。

(ドリカムの歌のこういう構成って、本当に凄いところ)

 

そして2番のサビは1番の繰り返しなので省略。

そして、大サビに入る前にBメロが繰り返されます。

〈キラキラ輝く街 みんな奇跡願う聖夜〉

ここで場面はクリスマス当日になります。

クリスマスに「奇跡」を願う「みんな」には、もちろん主人公も入っているはず。

そんな主人公が叶えたい「奇跡」が、「好きな人と一緒にいる」ではなく、ただ「好きな気持ちを伝える」であるというのが、この歌の切なさを一層引き立てます。

そして最後のサビに。

 

〈大人の方が 恋はずっとせつない はじめからかなわない ことの方が多い〉

〈誰にも言えない すきな気持ちは 何も変わりないのに〉

サビの前半部分に注目すると、1番2番では〈大人の方が恋はせつない〉だったのが〈大人の方が恋はずっとせつない〉に変わっています。

実際に(好きな人には会えない)クリスマスを迎えたことで、気持ちが強くなっていることがわかります。

さらに後半部分では倒置を用いて、「好きな気持ちは変わらないのに、誰にも言えない」と続きます。

この「変わりない」とは、おそらく「大人の恋」と対応する「子供のころの恋」なのでしょう。

どちらも「好き」という気持ちなのに、今回の方は誰にも打ち明けられない。

この1フレーズによって、好きな人にはもちろん、知人にもそのことを共有出来ない主人公の状況が表され、そのことによって一層「せつなさ」が引き立ちます。

 

そして〈クリスマスがきらいになるほど〉とサビが終わるのですが、注目したいのは末尾の〈ほど〉という部分です。

実はここは、最後のAメロの繰り返し部分の歌詞と繋がっています。

〈けっきょく雨はみぞれまじり 苦笑いするしかなく〉

〈もしも雪なら 雪になったら あきらめないってひそかに掛けてた〉

クリスマスの天気は「雨」で「みぞれまじり」だったようです。

主人公は、もし雪が降れば気持ちを伝えようと密かに掛けていたと心境を述べます。

しかし、それも出来ずに終わってしまう。

僕がこの歌で1番凄いと思うのは、実はこの部分です。

吉田美和さんは、(恐らく意図的に)「みぞれまじりの雨」ではなく「雨はみぞれまじり」としています。

「雨の中にほんの少しだけ雪が混じっている」という描写にすることにより、主人公の望みがいかに儚いものであったかを一層引き立てています。

そもそも叶っても気持ちを伝えるだけなのに、それすら叶わないわけです。

そして最後、〈この想いはもうこのまま 溶けて消えてくだけ〉と終わります。

 

『もしも雪なら』の主人公は結局、好きな人に「好き」と伝えることすらできずに恋心をそっとおしまいにしてしまいます。

この伝えることすらできずに終わる恋みたいな、確かに大人になったらままある状況に注目して、それを歌に仕上げてしまえるところがドリカムの凄さなのだろうなと改めて思います。

ちょうど『もしも雪なら』の歌詞考察を始める前に、『秒速5センチメートル』を見て、その流れで永井荷風の『濹東綺譚』も読み返していたのですが、この『もしも雪なら』に描かれるモチーフは、どことなくこれらの作品に共通するものであるように思います。

 

アイキャッチはもちろん『もしも雪なら』

もしも雪なら

もしも雪なら