新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



マルチコミュニタリアンのススメ

僕は卒業と同時にフリーで社会に出てしまった(その上で周囲に恵まれて、ある程度生活できてしまっている)ので、およそ人にお勧めできるような生き方はしていないのですが、ひとつだけ、大学を出た時から自分の中で意識していることがあります。

それが、タイトルにもした「マルチコミュニタリアン」でいるということです。

マルチコミュニタリアンとは僕の造語ですが、その名の通り「複数のコミュニティに属している人」のことを指しています。

学生の時、それまでの経験と、将来に向けて様々な社会人を観察していたときに、漠然と複数コミュニティに所属していることの大切さを感じたのです。

 

で、実際に社会にでて(というか放り出されて)から、僕は身一つで京都に来て、一から職場のコミュニティに参加したり、友人関係を構築したりということをしたわけですが、その中で、複数コミュニティに所属する大切さを実感しました。

 

京都に越して来て1年目、まだコマ数もロクになかった僕に、学生時代からお世話になっていた先輩から、マルチの勧誘がありました。

僕はあまりに時間を持て余していたので、「フィールドワーク」と称してそこのマルチ団体に所属しました(笑)

(因みに1年間で友達を勧誘しない上にポン酢一本しか買わなくて追い出されました...)

そこで熱心に勧誘に取り組む人を見た時の率直な感想は「この人たちにはここしか居場所がないんだ」というものでした。

そのグループの人たちは、彼らにとっての唯一の居場所であるのですが、同時にそのコミュニティにいるためには、マルチの勧誘を続けなければなりません。

結果、そのコミュニティにいるための資格として、活動にのめり込んでいく。

そんな人を多くみかけました。

 

社会人2年目。

縁があって僕は某NPOの関西支部の立ち上げに関わることになりました。

そのときに、当時の事務局長から聞いたNPOの現状に対する考察が非常に胸に刺さっています。

彼曰く、「国際協力だとか、支援だとかという言葉は、承認欲求が満たされない人を惹きつける。だから、そういう人を沼に落とさないためにも、入り口での面接が大事だ」とのことでした。

実際に、人事と広報を担当して、様々なNPOさんと交流ができるなかで出会った人の中には、そこコミュニティが居場所になっているという人が少なからずいる印象でした。

別のNPOを運営している知人も似たようなことを言っていたので、概ねどこの組織にも言えることなのだろうと思いました。

 

3年目。

徐々に仕事も増えつつあった僕は、とある女の人と出会いました。

彼女は新卒で会社に入社して、始めて一人暮らしを始めたとのこと。

で、彼女とご飯に行くたびに出てくるのは、会社の飲み会やプライベートでの繋がりは嫌というお話。

「そんなに嫌なら行かなければいいのに..」

そんな風に僕が言うと、それをすると関係が切れてしまうからできないということでした。

地方から出て来た彼女が持っていた「繋がり」は会社の同僚だけだったみたいです。

 

他にも、地元の知人で結婚して京都に嫁いだ子に、恋に盲目で他との関係を絶ってしまった子、しんどいと言いつつ頼まれた仕事を次々に抱えてしまう幼なじみ。

こんな感じの、なぜかうまくいかない人を、今まで何人か見てきました。

 

こうした人たちを見ていると、ある一つの共通項があります。

それは、「一つのコミュニティにしか属していない」ということです。

言うまでもなく、素の自分で関わるプライベートと、特定の目的のために集まった仕事でのやりとりは異なります。

にも関わらず、プライベートも仕事も同じコミュニティになってしまうと、プライベートの関係性の維持に、仕事的な手続きが必要になってしまうのです。

本当は気負わず素の自分で参加できるのがプライベートのコミュニティであるはずなのに、所属するコミュニティが一つしかない人の場合、そこで得られるこうようを、仕事のコミュニティに求めてしまいます。

そのせいで、プライベートにおける安心とが仕事における信頼の対価みたいになってしまうのです。

マルチ商法のコミュニティならば、そこの繋がりを持つためには商品を売らねばなりませんし、ブラック企業であれば、そこに所属するために労働力を捧げなければなりません。

こんな風に、プライベートと仕事が一緒くたになったために起こるのが「辞められない(抜けられない)という感情だと思うのです。

よく、「強い」人たちは、会社が嫌ならやめればいいみたいなことをいいます。

でも、辞められない彼らにとっての、そこにあるのは単なる仕事上の繋がりではなくて、プライベートでの友人関係でもあるのです。

だから、そこを切ったら、その瞬間にその人は一人ぼっちになってしまう。

これを恐れている人が多いのではないかなと思います。

 

僕がマルチコミュニタリアンを進めるのは、こうした状況に陥らないためです。

複数のコミュニティに所属しておけば、仮に一つのコミュニティでの評価が落ちたとして、そこを切ってしまえばおしまいです。

少なくとも、それを切った瞬間に、自分の繋がりの全てを失う恐怖心はない。

こうした余裕があると、人は強く出ることができます。

そして相対的にそういう人ほど結果が出る。

 

1つのコミュニティに公私を任せてしまうのは大変危険なことだと思うのです。

うまく言っているときは、もちろんこの上ない位に楽しいですが、一度歯車が狂い始めると、全てが上手くいかなくなります。

その上抜けたら全てを失うので、抜けるに抜けられない。

こうした状況に初めから陥らないやうにするための方法が「マルチコミュニタリアンのススメ」なのです。

複数のコミュニティに属性を分けておけば、仮に一つで信頼を失っても、「まあきいや」と割り切ることができます。

この態度こそが重要だと思うのです。

 

仮にいま、特定のコミュニティを抜けようという気持ちがあるのに抜けられないと思っている人がいたら、あなたの所属するコミュニティの数を考えて見てください。

もし一つしかない場合は、仕事を探すでも、そこに我慢して所属するでもなく、新たなコミュニティを探すというのが解である場合があります。

少なくとも僕は、そうした仮説のもとで、常に複数コミュニティに属するようにしてきました。

「繋がりのリスクヘッジ

そのためにも僕はマルチコミュニタリアンを勧めているわせです。

 

アイキャッチは『恋愛依存症

恋愛依存症

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