新・薄口コラム(@Nuts_aki)

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



椎名林檎『公然の秘密』考察~「匂い」をヒントに曲に漂う「エロさ」を探る〜

「なんちゅうエロい曲を作ったんだ…」
椎名林檎さんの新曲、『公然の秘密』を聴いたとき、真っ先に僕の頭をよぎった感想はこうでした。
ここの所精力的に曲をリリースしていた(ように僕には思える)椎名林檎さん。
ファンとしてはどの曲も好きではあるのですが、特に『公然の秘密』は頭一つ抜けて惹きつけられました。

 

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(youtubeからお借りしました)


僕が聞いた瞬間に惹きつけられた最大の理由が、冒頭に書いた直感的なエロさでした。

直感的に「エロい!」(もちろん褒め言葉です)と思った直後、次に考えたのは、なぜこの曲を聞いて直感的に「エロい」と感じたのか?という部分でした。
椎名林檎さんの声質にジャズ調のアレンジが合わさってそのように感じたのだというのもありますが、それだけでは説明のつかない何かがあるように思ったのです。
僕が直感的に感じた「エロさ」は、歌詞を読んだときに答えが分かりました。
それはこの曲の歌詞に多用されている「匂い」の情報でした。

匂いが直感的に語りかけるワケ

快い匂い、嫌な臭いというのはきわめて強烈なことが多い。快い匂いから、わが国では香道が生じ、西洋では香水産業が発達した。歴史上、香料はじつにインドへの道を開いたのである。嫌な臭いからは誰でも逃げ出す。私だって逃げる。イタチやスカンクはそれを利用する。最大の嫌がらせは、他人の家に嫌な臭いをまくことである。(養老孟司『からだの見方』)

養老孟司さんは、『からだの見方』という本の中で、養老さんらしいこんな言い回しを交えて嗅覚情報が、他の情報(視覚情報、聴覚情報)に比べて感情を強く呼び起こすことを指摘しています。
養老さんによれば、視覚や聴覚が言語に結びつきやすいのに比べて、味覚や嗅覚は、情動に関に結びつきやすいのだそう。
このことから考えると、「匂い」に関する表現を見ることによって呼び起こされる印象は、視覚や聴覚と比べ、「情動」と結びつきやすいといえます。
したがって、「匂い」に関する表現が多用されている『公然の秘密』が、感情と結びつきやすいのではないかというのが僕の考えです。

嗅覚情報のみで構成された『公然の秘密』

歌詞が凄いといわれるアーティストの曲を見ると、一つの情景が様々な感覚情報から描かれている場合が多々あります。
例えばaikoさんの『カブトムシ』の2番のAメロでは、〈鼻先をくすぐる春 リンと立つのは空の青い夏 袖を風が過ぎるは秋中 そう 気が付けば真横を通る冬〉
と、僅か8小節の中で「鼻先」(嗅覚)、「空の青」(視覚)、「袖を風が過ぎる」(触覚)と3つの感覚情報を込めています。
あるいはBUMP OF CHIKENの『スノースマイル』は、「君の冷えた左手」(触覚)、「『雪が降ればいい』と口を尖らせた」(聴覚)、「雪の絨毯」(視覚)と、全編を通して様々な感覚情報によって歌詞が構成されています。
僕たちは多くの感覚情報を与えられるほど、頭の中にその情景を鮮明に描くことができます。

一方で、あえて感覚情報を減らすことで、特定の感覚に訴えかけることができるようになります。
椎名林檎さんの『公然の秘密』は、まさにこの典型例だと思うのです。
歌の中に出てくる嗅覚情報を順に列挙すると以下の通りです。
〈美味しそうな匂い〉〈一旦嗅いだら〉〈拐かす匂い〉〈評判のフレーバー〉〈嘘を乗せたトップノート〉〈初々しいバニラ〉〈甘やか〉〈いま流行のフレーバー〉〈悔いを残すラストノート〉〈スパイシー〉〈シナモン〉〈ほろ苦い〉〈チョコレート芳しい〉〈フェロモン〉
(※「トップノート」「ラストノート」は香水の香りを表すときの言い方です)
一曲の中にこれだけ「匂い」を示す情報があるのに対して、この曲では他の感覚情報が一切描かれていません。
椎名林檎さんはかなり意識して嗅覚情報以外をシャットアウトしてこの曲を書いたのではないかと思うのです。

言語化と結びつきやすい視覚情報と聴覚情報をあえてカットして、感情に結びつきやすい嗅覚情報だけで構成することで、より直感的に歌詞の世界観を伝える。
これが、初めて『公然の秘密』を聴いたときに僕が直感的に感じた「エロさ」の招待ではないかと思うのです。

 

アイキャッチはもちろん公然の秘密が収録されたこのCD