新・薄口コラム(@Nuts_aki)

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



ヨルシカ『ヒッチコック』考察〜ヒッチコック的手法と2回聴きたくなる理由〜

「卒業したから生徒じゃないです」

コピーライターの阿部広太郎さんが、自身の著書『心をつかむ超言葉術』という本の中で、「夏目漱石は[I love you]を『月が綺麗ですね』と訳した(※真偽には諸説あります)が、あなたはどう訳しますか」というお題が出てきます。

冒頭の「卒業したから生徒じゃないです」は、その中で例として挙げられていたもの。

「もう生徒-先生の関係じゃない」=「恋愛対象と見て欲しい」からの[I love you]はとても秀逸だと思いました。

 

好きという言葉を使わないけれど、その気持ちが痛いほどに伝わってくる。

そういう言葉選びを見るとぞわっとすることがあります。

「卒業したから生徒じゃないです」はまさにそんな感じ。

そして、僕にとってヨルシカの『ヒッチコック』という歌も同じような衝撃を受けた作品でした。

 

他愛ない問いかけの意味とヒッチコックという題

〈雨の匂いに懐かしくなるのは何でなんでしょうか。 夏が近づくと胸が騒めくのは何でなんでしょうか。〉

と、終始何気ない問いかけで構成されるこの曲。

サビの部分で〈先生、人生相談です。〉という言葉が出てくることで、この他愛ない質問の相手が「先生」であることが分かります。

しかしここでも先生に質問しているだけで、主人公の意図は見えてきません。

そして2番のAメロもサビもひたすら質問の繰り返しで、そのまま最後までいってしまいます。

 

こんな風に終始先生に対する質問が繰り返されるこの曲ですが、最後に〈あなただけが知りたいのは我儘ですか〉というフレーズが出てきて、状況が一変します。

明らかにこの「質問」だけ毛色が違います。

感覚的な話だけでなく、この質問だけカギカッコがついついないことからも分かります。

(おまけにここだけ呼び方が「先生」でなくて「あなた」となっています)

「あなただけが知りたい」というのは明らかに相手に対して好意を抱いている表現です。

最後まで何気ない質問の繰り返し(因みに細かいことを言えば、どんどん先生に近づいた質問になっていくのですが...!)なので、さっと聞き流してしまえば、日常に生きづらさを感じる主人公が社会への(可愛らしい)不満を口にする青春のひとコマを歌った歌なのですが、最後の〈あなただけを知りたいのは我儘ですか〉そして、サスペンスの王様である「ヒッチコック」の名を冠している理由を考えれば、単なる青春をこじらせた女の子のお話と考えるより、先生への恋心を伝えたい女の子のお話と捉えるべきだと僕は考えます。

 

この解釈で始めから延々と続く他愛のない質問、そして時々に出てくるサスペンスという言葉をもう一度読んでいくと、今度は全く違う雰囲気が立ち現れてくるはずです。

というわけで、再び歌詞を見ていきたいと思います。

 

恋愛の歌としての『ヒッチコック

Aメロで続く他愛のない質問の繰り返しは、好きだけど話題もないし話す接点もない主人公が「質問」という体で話す機会を作ろうとしている場面と考えられます。

そして、Bメロの〈さよならって言葉でこんなに胸を裂いて 今もたった数瞬の夕焼けに足が止まっていた〉は、何気ないやり取りしかできなかった(もしくはすでに気持ちを伝えて振られた?〉あとのやり取りと読むことができる。

そしてサビでの質問、2番のAメロでの質問へと続きます。

2番のAメロの質問が哲学的な問いかけになっているので、見えづらくなってしまうのですが、ここはBメロの書き出しにある〈青春って値札〉を引き立てるための演出としてあえて意味を考えないことで曲の輪郭が見えてきます。

 

〈青春って値札が背中に貼られていて ヒッチコックみたいなサスペンスをどこか期待していた〉

ここで初めて出てきた〈ヒッチコックみたいなサスペンス〉という言葉ですが、これがハラハラドキドキした経験と読むことができます。

先生への呼びかけをする主人公が青春という環境の中で求めるサスペンスのような緊張感。

ここまででは漠然とした印象しか残りませんが、最後を聞いた後に考えれば、主人公が抱く先生との恋と捉えられるのではないでしょうか?

 

そして、サビ〜大サビにかけては、徐々に主人公の気持ちがストレートに伝わる質問になっていきます。

この辺りから主人公の抑えられない気持ちが伝わるようになっているわけです。

そして、私の将来はどうなんでしょう?という質問が続き、最後にくるのが、先に取り上げた〈あなただけを知りたいのは我儘ですか〉という締めのフレーズなわけです。

 

もちろん解釈は色々あると思いますが、僕はこの曲の最後のフレーズを見た時に「まさか!」と思い、もう一度始めから聞き直してこんな風に捉えました。

「好き」を「好き」って伝えるストレートな歌詞もいいですが、こういう解釈に幅のある曲も素敵だなと思います。

みなさんはこの曲を聴いて、どんなサスペンスを思い描きましたか?

 

 

ヒッチコック

ヒッチコック

  • 発売日: 2018/09/01
  • メディア: MP3 ダウンロード