新・薄口コラム(@Nuts_aki)

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



ダメを知ることで視野を広げる

未来を予測するのに必要なこと

 

未来予測に関する精度を上げるには歴史を知ることが不可欠です。

これまでの自然の流れ、人類の営み、そして発展と失敗を知っているからこそ、目の前の出来事に対して一定の仮説を持つことができる。

しばしば歴史を学ぶ意味は未来を知るためだという意見を聞きますが、個人的にはその考えに同意です。

僕は過去未来を問わずその視点は高さが大事だと思っていて、過去をより遠くまで、そしてより解像度が高く見える視野がある人は、反対側にある未来もそれだけの範囲で見られるように思います。

 

Googleは翻訳ソフトの精度を上げるために、正解の表現や言い回しではなく、間違いのパターンを集めたためにGoogle翻訳の脅威的な精度向上を達成しました。

これまでの「正しい知識を吸収する」というスタイルから、間違いのパターンを集めるという方針で活路を開いたGoogle

 

僕はここ最近、「目的」の反対に長期的な差別化戦略の活路があるのではないかと考えて、その研究をしています。

 

「まずい料理は作れるか?」問題について

学生時代に何らかのインタビューを読んで、未だに記憶に残っているものがあります。

それが、この節のタイトルにした「まずい料理は作れるか?」という問いです。

確かこれは料理研究家の方が言っていた言葉で、要約すると以下のような内容でした。

私たち専門家は「美味しい料理」の研究はするし、学校でも「美味しい料理」の知識を教わるばかりで、その反対はやらない。そしてもし「万人がマズいと思える料理」を追究するのも、経験が多く得られるのではないか。

 

当時これを聞いた時は「へぇ」くらいの印象だった(メモに取る程度なので興味は初めからあったのかもしれません)のですが、ここ最近、この視点って凄い大事なんじゃないかなと思い始めています。

具体的にはSNSのコンテンツ作りについて。

特にここ数年、SNSでの発信のハードルが下がり、無限にコンテンツが流れるようになったことで、分析の幅が急激に拡大したように思うのです(にもかかわらずほとんどの人は上位数%だけを見ている)

 

正規分布型コンテンツの未来の観測法

参入障壁が低いということは、その分だけ誰もが参加することができ、それゆえコンテンツの質にはバラツキが生じます。

僕の仮説は、そのバラツキは参入障壁が低いほどにベルカーブ(正規分布)に近づくというもの。

もちろん人々の目に映るのはそのベルカーブの右端のコンマ数パーセントである超優秀コンテンツです。

ただ、その反対を見てみると、そのくらいのパーセンテージで拒否されている超有害コンテンツがあると思うのです。

 

こうした前提に立って僕が考えたのは、「みんな超優良コンテンツの後追い(≒コバンザメ戦略)をしているからこそ、違う系統のコンテンツを産むには反対に位置する超有害コンテンツへの造詣を深めるべきだと思ったわけです。

クソコンテンツがクソである理由を言語化できたとき、ついにあるコンテンツの価値を言語化できるのではないか?

そして、そういったアプローチからSNSの広報やマーケティング分野に向き合っている人はいないのではないか?

そんな、半分戦略で半分趣味みたいな感じでやっている今の趣味が、クソコンテンツ探しと、クソコンテンツ作り(笑)

1日あたりのアップ量がしんどすぎて心が折れかけになりつつも頑張っています。

反対面を知った時点で自分の最大の武器をコンテンツ化しようという5年計画のまっ最中なう。だったりします。

 

アイキャッチハインラインの「月は無慈悲な夜の女王