新・薄口コラム(@Nuts_aki)

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



映画を見ない僕がとりあえず100作品みて気付いたこと

コロナの影響で4月6月と、仕事がバタバタしていました。

オンラインに切り替わったり休校になったり。

それで良くも悪くも時間が出来たので、せっかくなら普段しなかったことをしようと、5月頭からずっと映画をみていました。

 

少し前まで途上国に映画を届けるNPOに所属していたにも関わらず、僕が見た映画の数は、子供の頃から合わせても10作品あるかないか。

本当にその程度だったので、この機会に映画を学ぶ事にしたわけです。

 

§とりあえず100作品

 

音楽でも本でも、僕は何かを学ぶときには「とりあえず100理論」ということで、ひとまず100作品見るようにしています。

映画もそれに合わせて1日1作品、100日間かけてみてみました。

(因みに後半は塾の夏期講習に被って死ぬかと思いました)

この期間に見たのが以下の100作品。

 

アメリ」「キャプテンファンタスティック」「ウルフ・オブ・ザ・ウォールストリート」「イミテーションゲーム」「スラムドッグミリオネア」「ミスト」「LALALAND」「カメラを止めるな」「EXIT THROUGH THE GIFTSHOP」「スポットライト」「プライベートライアン」「ムーンライト」「ゴーストインザシェル」「フューリー」「インフェルノ」「シンゴジラ」「オートマタ」「ターミネーター ジェニシス」「禁じられた遊び」「犬夜叉」「キャビン」「LUCY」「ザ・インフェルノ」「グリーンインフェルノ」「帰ってきたヒトラー」「万引き家族」「告白」「10クローバーフィールドレーン」「冷たい熱帯魚」「パッセンジャーズ」「秒速5センチメートル」「ハミングバード」「SE7EN」「メン・イン・ブラック3」「ビリギャル」「ヘルタースケルター」「エリザベス 神なき遺伝子」「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN」「進撃の巨人 END OF THE WORLD」「オーシャンズ11」「ジョン・ウィック」「ビューティフルマインド」「パシフィックリム」「グレートウォール」「もののけ姫」「アナベル 死霊館の人形」「シャーロックホームズ」「突入せよ!あさま山荘事件」「移動都市 モータルエンジン」「パプリカ」「銀河鉄道999」「借りぐらしのアリエッティ」「ターミナル」「星を追う子ども」「ルパン三世くたばれノストラダムス」「となりのトトロ」「LoveLetter」「マイ・インターン」「打ち上げ花火 下から見るか?横から見るか?」「はじまりのうた」「エヴァンゲリオン 新劇場版:序」「この世界の片隅に」「クロール 凶暴領域」「us」「賭ケグルイ」「舟を編む」「人魚の眠る家」「天空の城ラピュタ」「ONE PIECEスタンピード」「空の青さを知る人よ」「エクス・マキナ」「海街diary」「機動戦士ガンダム逆襲のシャア」「名探偵コナン 純黒の悪夢」「ゲド戦記」「亜人」「劇場」「BLEACH」「マッドマックス怒りのデスロード」「耳をすませば」「ハッピー・デス・デイ」「ルパン三世 風魔一族の陰謀」「エヴァンゲリオン 新劇場版:破」「ジェーン・ドゥの解剖」「メメント」「寄生獣」 「レザーフェイス」「MAMA」 「ライト/オフ」 「残-住んではいけない部屋」 「きみに届け」 「うる星やつら2ビューティフルドリーマ一」 「最強のふたり」 「暗い水の底から」 「千と千尋の神隠し」 「鬼談百景」「カイジファイナルゲーム」 「きみに読む物語」 「銀河鉄道の夜

 

100作品全て感想は書き留めてあるのですが、それら全てを書いていては文字数がとんでもない事になってしまいますし、何より今回の趣旨とズレるので感想は無しにしたいと思います。

 

§§100作見る中で生まれたこと

 

それぞれの映画の感想や仕掛けについて語りたいことがあるのはもちろんですが、僕がそれ以上に書きたかったのは、100作品を見る道中で起きた繋がりのほう。

極度の怠け者なので、サボらないために「#ひきこもり映画館」というタグで見た映画とその感想をつぶやくことにしていました。

そうしたら、20作品を超えたあたりから、リアルの友人に会った時、あるいは合わなくてもラインで連絡が来て、作品をオススメしてくれるようになりました。

さらに仕事先の社長や先輩からもちょいちょい教えてもらう機会が増えていきました。

さらにさらに、40作品を超えたあたりでそれまで絡みのなかったフォロワーさんから作品を紹介してもらうようになり、60作品くらいになるときには、twitterの質問箱経由でオススメ映画の情報が届くようになりました。

 

結果オススメ映画が膨大に届き(因みに今も溜まっていて、少しずつ見ています)、僕は人のお気に入りを楽しむという大変贅沢な生活をし続けることになりました(笑)

 

§§§旗を立てると繋がりが生まれる

 

そんなわけで後半は様々な人から紹介して頂いた作品を見続けるという大変贅沢な趣味に変貌した僕の映画鑑賞(笑)

100作の映画を見て、僕が得られた1番の経験はこの「人との繋がり」でした。

多分これは映画に限らず何でもいいのだと思います。

HUNTER×HUNTERで主人公ゴンの父親が息子に向かって「やりたいことがあるなら道草を楽しめ ほしいものより大切なものがきっとそっちにころがっている」と語るシーンがあります。

僕が始めた映画観賞はまさにそんな感じ。

やる事を決めて続けているうちに思いもしなかった繋がりが生まれ、当然その繋がりで紹介して頂いた作品の多くが僕の興味の延長には無いものだったので、思わぬ出会いや視点が多く得られました。

ここが1番の収穫だなあと思うわけです。

 

今はいろいろ手を伸ばしすぎて映画観賞が出来ていないのですが、ぼちぼち再開

したいなあなんて思っています。

みなさんもよかったら、何でもいいので続けて発信して見るということをして見てください。

きっと思わぬ繋がりが生まれるはずです。

そして、もしよかったら僕にオススメの映画を教えてください(笑)

 

アイキャッチ鈴木敏夫さんの『ジブリの文学』

ジブリの文学

ジブリの文学

  • 作者:鈴木 敏夫
  • 発売日: 2017/03/29
  • メディア: 単行本
 

 

 

「人のとっておきを味わう」という贅沢

コロナ禍で仕事が飛んだらしたのをきっかけに、映画を見始めました。

途上国に映画を届けるNPOに所属していたにも関わらず、それまでほとんど映画を見たことがありませんでした(すみません...)

ありがたいことに長らく仕事を忙しくさせて頂いていて、2時間前後の尺を他の作業をすることもなく1つのコンテンツに奪われるのがどこか勿体無い気がしていたんです。

コロナで時間ができたのなら、そりゃ見ない理由はないだろうと。

そんな訳でGWくらいから映画を見始めました。

 

そんなわけで始めた映画鑑賞。

寝る前と朝の時間を利用して、基本的に毎日一本を見ています。

映画に関する知識が何もないので、とりあえず出てきた映画を片っ端かれみ始めて、今日で60日弱。

毎朝見た映画の感想をTwitterでつぶやいていたこともあり、どうやら少しずつ僕が「毎日映画を見ている人」というのが認知されてきたみたいです。

で、最近嬉しいことに、会った知人、あるいは匿名の質問箱などで、オススメの映画を紹介してもらえるようになってきました。

 

紹介してもらった映画はできるだけ早く見るようにしているのですが、これがむちゃくちゃよかったりしています。

色々な方が「オススメ」として紹介してくれているだけあって、どれも例外なく面白いんですよね。

 

で、最近人からのオススメを聞いて映画を見るというのを続けているうちに、ふと、僕はなんて贅沢なことをしているんだろうという気持ちになりました。

ある人がお気に入りに出会うまでを考えると、そこにはそれまで出会ってきた何十、何百というコンテンツが背後に存在しています。

人からオススメを教えて貰うというのは、そういう他の人の宝探しの経験全てをおすそ分けしてもらっているということなんですよね。

しかもそれをSNSで不特定に発信するのではなく僕に1:1で教えてくれるという。

有名な評論家のオススメも、人気映画のアンケートもネットで調べればでてきます。

でも、1人の普通の生活をする人間(時には顔すら知らないネット上での繋がりの人)が感動したというコンテンツを、「いいから見てみてよ」と紹介して貰うなんてことは殆ど無いわけです。

そんな風に考えたとき、人のお気に入りを紹介してもらって、それを楽しむっていうのはなんて贅沢なんだと思ったらしたわけです。

これは映画にとどまらず、本でも、お酒でも何でも同じ。

 

あんまり贅沢しないよね。

少し前に、知人からこんな風に言われたのですが、僕は確かにお金を出して手に入るものに関してあまり物欲がないかもしれません。

別にお金を出すだけでいいのであんまり興味がわかないのだと思います。

少なくとも、ブランド物のバッグや芸能人御用達の高級料理店みたいなのが「贅沢」だとはあんまり思えない。

むしろ僕にとっては、歳でお店をやめてしまったお蕎麦屋さんが一夜だけ復活してくれて作ったかけ蕎麦とか、外に出すつもりではなく身内で楽しむつもりで作った実験的なお酒とか、お金を出しても買えない物の方が贅沢に感じたりします。

オススメの映画を紹介してもらえるというのも、僕にとっては間違えなくその部類です。

どんどん色々な人の「お気に入り」に触れて、その人の感動体験を少しだけおすそ分けしてもらっていて、僕はいまかなり贅沢をさせてもらっています。

まさか「毎日一本映画を見る」ってことを始めてそんな繋がりができるとは思ってもみませんでした(笑)

みなさんもぜひ、オススメの映画があったら僕に紹介してください!

 

アイキャッチ鈴木敏夫さんのこの本。

ジブリの仲間たち (新潮新書)

ジブリの仲間たち (新潮新書)

  • 作者:鈴木 敏夫
  • 発売日: 2016/06/16
  • メディア: 新書
 

 

 

恋人がいる時はモテるのに、別れると何故かモテなくなる「恋人チューニング問題」を考える

恋人がいる間はやたらと色々な人からデートのお誘いがあったり、あるいは告白されたりするのに、別れて新しい相手を探そうとすると、それまでのお誘いが気のせいだったかのように途絶えてしまうという経験をしたことがある人はいませんか?

先日知人から、ちょうど上記のような相談をされ、また自分自身も確かになあと思うことがあったので、今回はこの「恋人がいる時にはモテるのに、別れると何故かモテなくなる」という現象について考えていきたいと思います。

 

あなたの魅力を引き出す「恋人チューニング」

タイトルにもしましたが、僕はこの恋人がいる時には何故かやたらとモテる現象のことを、「恋人チューニング」と読んでいます。

「恋人チューニング」とは、付き合っている相手の嗜好や思考によって、自分の好みが影響を受けている状態のことです。

どんな人でも誰かと付き合って深い関係になれば、少なからずその人の趣味や考え方に興味を持ったり、逆に相手のことを考えて行動したりと、相手からの影響を受けます。

それによって自分の持っている好みや人との接し方は変わってくる。

この「変化」が周りにちょっといいじゃんと思われる要因を生み出すという現象が、恋人と別れるとモテなくなるという現象の正体だと思うのです。

つまり「恋人と別れた瞬間にモテなくなった」のではなく、「付き合っている時は恋人チューニングによって普段以上に異性(別に異性である必要はありませんが)にいいと思って貰える要素が引き出されている」というのが僕の仮説です。

 

素の自分らしさとチューニング後の自分らしさ

例えば、女性が恋愛対象の男性Aくんがいたとして、彼が素の状態で女性と接する時、70%の女性ウケであると想定します。

そんなA君に恋人ができて、10%でも彼女さんの影響を受ける。

彼女さんの趣向は概ね女性ウケが良いものであったとしましょう。

そうすると、自分の趣向や好み前回のA君は女性ウケ70%であったのに、10%の彼女さんの影響を受けることで女性ウケは80%になるわけです。

例えば、それまでは毎日お昼ご飯は時間の節約といって同じおにぎりで済ませていたのに、彼女さんが新作のスイーツやアイスを買う姿を見ていて、自分も知らぬうちに興味を持っていたとか、ゴリゴリのロックばかり聴いていたけど一緒に流れてきた流行りの歌を聞いていたためにその辺の歌の情報が自然と身についていたとか。

あるいは自分の趣味に関しても、彼女さんを誘ったときの反応などが無意識のうちに反映されていたり。

 

常に意識する存在があると、どうやったって無意識のうちに自分の好みやしぐさには影響が出てきます。

それがオタクの気心知れた仲間であればますますマニアックな方向に、それが血縁関係であればますます半径数メートルの話題が大事にされるみたいに。

これが恋人であれば恋人の好みや恋人との接し方に影響されるわけです。

そして、素の自分らしさだけの時よりも恋人の影響を受けている状態の方が周囲の異性にウケがよくなる。

これが恋人チューニングのカラクリです。

 

素の自分と編集された自分

恋人チューニングにかかっている状態は「編集された自分」ということができるでしょう。

あくまでベースにある「らしさ」はまぎれもなく自分のものなのですが、その出し方や加工の仕方というアウトプットの部分で恋人の影響を受けている。

このアウトプットの時点の影響は自分ではなかなか気づきませんが、案外大きかったりします。

だから、恋人がいたときには「なんかいいじゃん」という印象だった他者からの評価が、別れた途端に「なんか違うな」というものに変わってしまう。

恋人がいたときにはモテたのに、別れた途端にモテなくなったと感じる人がいるとしたら、この「恋人チューニング」の影響が大きかったということだと思うのです。

自分の良さを引き出してくれる恋人チューニング。

まだまだ仮説段階なので、もし共感してくれる人がいましたら、僕のところまで情報をお願いします(笑)

 

アイキャッチはモテを語らせたら右に出る人がいないマンガ家山田玲司先生のBバージン

 

 

数の暴力に思いをめぐらす

ニュートンほどの偉大な人間が、りんごを見て引力を発見したなんてことあるかい。ありゃジョークなんですよ。ニュートン先生だって初めは万有引力の法則について、毎回聞かれるたびに丁寧に説明してたけど、そのうちあんまりにも同じことを聞かれるもんだから面倒くさくなっちゃった。それで万有引力をどうやって見つけたんですか?なんて聞かれたら、「あぁ、ありゃリンゴが落ちた時に閃いた」とか言ったんですよ。

立川談志さんの十八番『源平盛衰記』の枕で、談志さんはこんなエピソードを盛り込んでいました(言い回しは違ったかもしれません)

この枕は、談志さんが『源平盛衰記』のコンセプトだと考える「真実なんて誰もわかりゃしない」というものを伝えるために張られた枕の伏線なのですが、このギャグそのものに、有名人になって困る「数の力」についての悩みが表出しています。

 

僕がふとこのエピソードを思い出したのは、次の2つの話題を目にしたから。

ひとつめは女子プロレスラーテラスハウスに出演していた木村花さんの誹謗中傷による自殺の話、そしてもう一つが都知事候補でもある堀江貴文さんの野菜食べるんですね発言に対するブチギレのお話です。

もちろん全然レイヤーの違う話ですし、そもそも「木村さんの話と堀江さんの共通項」なんて言うだけでけしからんという誹謗も呼び込みそうですが、このブログの読者の方はきちんと読んでくれるだろうと信じているので、誤解を恐れずに僕が感じた部分についてまとめていきたいと思います。

 

僕が上の2つの話題に対して感じたのは、①数の力の強さと②持たない者の鈍感さです。

木村花さんの自殺の原因に関して、誹謗中傷か批判かみたいな話がでていますが、そういう発信者の責任意識どうこう以前に、物量の持つ力を僕たちは見なければいけないんじゃないかなと僕は思っています。

例えば、誹謗中傷でも批判でもどちらでもいいですが、僕らはそんなものが1件や2件こようが、鬱陶しいなくらいにしか感じません(因みにそれが誹謗中傷か批判かとかは関係ない)。

そんなもの無視して終わりです。

でも、それが一日数千件に及び、勝つ何日も続いていたらどうでしょう?

なにをつぶやいてもいつコメントしても、常に何百何千というネガティブなコメントがつく。

(おまけにアラームやバッジでの通知機能があれば、24時間自分へのネガティブな言葉でスマホが鳴り止まないわけです)

そんなの、誰でもメンタルがやられてしまうでしょう。

 

ポイントとなるのは、「数による痛み」は、僕ら一般ピーポーには思いも及ばない世界だということです。

僕たちは資本家が何億というお金を動かす時に抱くプレッシャーや喜びなんて想像さえもつきません。

あるいは風俗で働かざるを得ない方の苦悩や生きがいとしてそれを仕事にしている人の矜持に思いをはせる事も難しいでしょう。

これと同じで、「何十万ものフォロワーがいる人」の置かれるSNS運用の大変さも、僕らには知る由がないわけです。

しかし、投資家や風俗に対してSNSは僕らも日常に使っています。

だから、ついつい僕たちせいぜい数千フォロワーの弱小SNSアカウントの世界を、誰のスマホ画面にも広がる世界だと思ってしまうわけです。

だから、「文句があれば議論すればいい」とか、「気にせずスルーすればいい」みたいな、フォロワーがせいぜい100人程度の人の論理を相手に要求したりします。

批判だろうが誹謗中傷だろうが、もっと言えばたとえフォローの言葉であったとしてもそこで揉め事が起こってしまえばそれ自体が、何十万とフォロワーを抱える人間にとっては相当のダメージだと思うのです。

 

誹謗中傷や批判に限らず、「ただ数が多い」というだけで、有名人にとっては不快な思いをさせるのに十分な理由になるでしょう。

アイドルの握手会なんてその好例で、そこに並ぶのは熱烈なファンでかけられる声は応援がほとんどでしょう。

それでも何万人からギュッと手を握られたら手はパンパンに腫れるでしょうし、好意からの質問もいい加減飽き飽きしたりもするはずです。

でも、僕らはそんなアイドルの気持ちは「分からない」わけです。

先日、ホリエモンが「野菜も食べるんですね」とライブ配信で言われただけでブチギレてカメラを叩いたという動画が話題になっていました。

確かに、ある視聴者から「野菜食べるんですね」なんて一言をもらっただけであれだけブチギレていると見えれば、(まして都知事候補でもあれば)短気だとか横柄だという印象になるでしょう。

しかし、堀江貴文さんもやっぱり、何百万というフォロワーを抱える超有名人です。

恐らく「野菜食べるんですね」という非常に「何気ない」質問はその日だけで何回もきているはず。

しかも、少なくとも僕の知る限り、何年か前からそういう質問をもらっていました。

おそらく堀江さんだって初めは「野菜を食べたい理由」を初めは懇切丁寧に答えているはずです。

しかしそれの回数が多くなればいい加減鬱陶しくなる。

その「何百回目」かの反応が先のブチギレ動画だったのではないかと思うのです。

(その上で、そうした反応を良いと捉えるか悪いと捉えるかは別です)

 

お金持ちは貧乏人の気持ちなんて分からないという言葉を耳にしますが、同様に僕たち貧乏人だってお金持ちの気持ちなんて分かりません。

同様に、僕らみたいな一般人には、超有名人のスマホに広がるSNSの世界を想像することなんてできないわけです。

そんな想像できない世界にいる人の起こした話題を、想像できる僕らの尺度で解釈しようとすれば、どうしてもズレた答えにならざるを得ません。

とはいえ僕たちは知らない世界を想像なんてできない。

だとしたら僕らは、相手の世界を想像できないという前提の上で、相手のフィールドで解釈する努力をしなければいけないわけです。

相手のフィールドに飛び込ませてもらう。

そんな、知らない世界に対する謙虚な姿勢がSNS時代には特に求められるように思います。

 

アイキャッチは有名人のあるある本。その名も『「有名人になる」ということ』です!

 

 

社会レベルの論理性と生命レベルの論理性

それがロジカルだろうが非ロジカルだろうが関係なしに、何かを考えるには「前提」が大切です。

どんなに論理的に主張を構築しようが、前提がぼやけたまま積み上げたのならやがてそれは瓦解してしまうわけです。

 

僕は物事を分析するときに、必ず2つの論理を大事にしています。

それがタイトルにもした①社会レベルの論理と②生命レベルの論理というものです。

これらは積み上げる思考は同じでも前提とする部分が違うため、しばしば全く異なる解が導かれる。

この差異をどう埋めるか?を考えると、様々な事象が抱える問題点がよりクリアになってくると思うのです。

 

社会レベルと生命レベルの論理の差異が生まれる例をひとつあげるなら、仕事選びがあります。

僕たちはしばしば、自分のやりたいこと、自分に合った仕事、給与の額、仕事の待遇などといった尺度から仕事を探します。

で、よく見かけるのは「金額よりやりがいだよ」とか、「やりたいことの前に福利厚生が大事だ」といった種の議論。

確かにそれらは大切で、論理的に主張を積み上げて考えていくことが大切だとは思うのですが、僕はそれらはいずれもそもそも「社会的レベル」の議論であり、その意味では同じ主張に見えてしまいます。

そもそも上であげた主張はすべて、「社会関係」を前提にしているという意味で同じだと思うのです。

 

前提を生命レベルにすると、話が少し変わってきます。

それはそもそも人は1日24時間、1週間でも168時間という時間に限られていて、仕事をする時間なんて基本的には40時間、働いてもせいぜい80時間くらいといった所でしょうか?

一応は一般的とされる残業しないサラリーマンをベースに考えたら、1週間における仕事が占める割合は23%、もっと大きな人生で考えれば、仮に22〜62歳まで働き(計算しやすいようにしました)、約85歳の平均寿命まで生きるとしたら、744300時間のうち、仕事をするのは76800時間で、割合にして僅か10.3%にすぎません。

働き盛りで、しかもそこそこ結果を出して社会を楽しんでいる人にとっては一見社会的な繋がりはとても大きな割合を占めるようにも思えるわけですが、客観的に数字で見たとき、それらは週ベースで23%、生涯ベースに至っては10.3%にすぎない部分なわけです。

それに対して食う寝る出すみたいな部分は、生きている限り嫌でも100%稼働する分野です。

だったら「その一部にすぎない」仕事に関しても、そちらをベースに考えた方がいいのでは?というのが生命レベルを前提にした論理の構築です。

 

別に社会的レベルで論理を組み立てようが生命レベルで論理を組み立てようが僕は構わないと思っています。

ただ、物理的にも精神的にも豊かになり、それ故に忙しくなった僕たちは、どこか生命レベルの前提をなおざりにしてきたような気がするのです。

で、そうして構築した社会的な前提の論理をみんなが信じているから、一見それが合理的なように見えるけれど、実は様々な部分に不具合が生じていて、結局は長期的に生命レベルを前提にした論理の方が効率的だったなんてことがちょくちょく起こっている。

例えばやりがいも待遇もいい東京の企業に就職してバリバリ頑張ったけど都会で上昇志向の張り詰めた生活は自分の身体に合っていなくてメンタル壊しちゃったみたいな人の場合、仕事のやりがいも待遇も80%くらいだけど通勤ラッシュも無く緩やかで地元の友人と繋がっていられる場所にいてずっと生活できる方が、合理性の観点からも結果としてプラスになったみたいなことはザラに起こります。

目先の結果を追い求めるには有効な社会レベルをベースにした論理的思考と、長期的な勝ち(価値)を得るための生命レベルをベースにした論理的思考。

今の社会を楽しみつつ、かつしたたかに生きるには、この両輪の論理性を身につけておくことが大事なんじゃないかと思ったりするわけです。

 

アイキャッチは僕のオススメの本『銃・病原菌・鉄』

生命レベルの論理を学ぶちょうどいい教材だと僕は思っています。

 

 

ブランドやキャラを作る効果

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これは一昨年の冬に流れてきたガストの広告です。

この広告を見た瞬間に感動して、スクショをとって、速攻で僕のGoogleドライブにある広報フォルダに入れました。

ここ数日、ブランドやキャラについてあれこれ考えていた中でふと思い出したので紹介させてもらいました。

(これ、すごくないですか?)

 

ブランドとは何か?

もしあなたが喉が渇いたと思い、近くにある自販機でコーヒーを買ったとしたら、それは自然な購買行動であろう。しかしもしあなたが偶然目にした自販機にあるジョージアのコーヒーを見て、ちょっと一休みしたいと思ってコーヒーを買ったとしたら、それは欲望が与えられていると考えられる。ブランドが生み出す余剰価値とはこのようなものだ。

昔読んだ本にこのような内容が書いてありました。

細部の言い回しは正直覚えていませんが、話の内容はこんな感じです。

僕はブランドっていうのを考える上で、これが端的でわかりやすいなと思っています。

ある商品を見たときに、その商品の価値そのものではないイメージを想起させ、それがきっかけで購買意欲が湧くもの。

これが最もわかりやすいブランドの効果でしょう。

 

優秀なブランドはどれも優秀なイメージを有しています。

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たとえばエビスビールであれば、「ちょっと贅沢なビール」というもので、買い物をしているときに目に入ると、「今日は仕事でうまく言ったし、自分へのご褒美でエビスビールでも飲むか」みたいな購買意欲が生まれます。

 

f:id:kurumi10021002:20200602072356j:imageあるいはパンテーンのこちらのCMで打ち出された「パンテーン14日間チャレンジ」であれば、結婚式を始めとする特別な日に最高の髪を手に入れたいという、「特別な日を特別な状態で迎えたい」という欲求を生み出します。

こんな風に、優秀なブランドは優秀なイメージを生み出すわけです。

 

ブランドが伝える物語

僕は優秀なブランドの尺度を①伝えるメッセージの強さ×②伝えるメッセージの独自性だと考えています。

たとえばルイヴィトンやCHANELなどのいわゆる「ブランド商品」と呼ばれるものは、強烈に「ラグジュアリーな自分になれる」というメッセージを発していますが、一方でそれがヴィトンであってCHANELではいけない(逆ももちろんそう)という理由はそれほどありません。

これは、①が大きくても②が小さい典型例です。

逆に、中小企業の下手にバズっているけど伸ばす理由のわからないツイッターの中の人やアイドルの追っかけで他のファンからも認知される熱心な古参オタクのように、メッセージが独特でも伝えるメッセージが弱ければ同じく意味がなくなってしまいます。

メッセージの強さと独自性の両方を設計することが不可欠なわけです。

 

ブランドやキャラを作る意味

こういったブランドのメッセージ性を分析するために、今僕はスーパーやコンビニに行ったとき、自分が商品を購入したいと思うときに①どの商品を見て、②どんな欲求を想起したかということを考えるようにしています。

たとえば、ふだんであればコンビニのプライベートブランドのチューハイを買うところを別のお酒に手を伸ばしたとして、それはなぜその商品を選んだのか?という部分を言語化してみる。

そういう風にやっていくと、先にあげたメッセージの強さと独自性の両者を備える商品は思いの外少ないことに気がつきます。

(そして、そう行った商品に関しては圧倒的にうまいブランド戦略をとっていることも)

冒頭に挙げたガストのあの広告はブランド戦略という意味でいえばうまくいった典型でしょう。

ガストの特別な日は高級なお店へどうぞという広告は、「迷ったときに入る日常使いのお店」というメッセージを打ち出しました。

家族や友人と車で「どこにする?」なんて言いながらお店を探すという経験は誰もがしたことのあるはず。

そんなときにあの広告を見て「日常使いのためのお店」というブランドメッセージを受け取っている人がガストの看板を見かけたら、「今日はあそこにしておこう」という風になる可能性は非常に高いわけです。

 

こうして見てみると、練りこまれたブランドは本当に強いなあと思います。

自分もそれを作れるように絶賛勉強中。

上にあげた以外のブランドでも、もちろん優秀なものはたくさんあります。

また僕のブランド戦略コレクションがたまってきたら紹介したいと思います。

 

アイキャッチはブランドに関する本

ブランディング・ファースト――広告費をかける前に「ブランド」をつくる

ブランディング・ファースト――広告費をかける前に「ブランド」をつくる

  • 作者:宮村 岳志
  • 発売日: 2020/04/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

 

つまらないことを続けるという武器の作り方

僕はちょいちょいなに考えているかわからないと言われることがあるのですが、意思決定プロセスはいたってシンプルで、大体3つか4つくらいの基準で動いています。

タイトルに書いた「つまらないことを続ける」というのは、そんな僕の意思決定パターンの1つです。

 

「つまらないことを続ける」の意味

「つまらないことを続ける」なんて書くと、石の上にも三年みたいなものを想像されるかもしれませんが、もちろん違います。

(僕が正確的にそんなこと言うわけないし、まして自分がするわけないです...笑)

僕がここでいう「つまらないこと」というのは「好きではないこと」ではなく「他愛もないこと」という意味の方。

他愛もないことでも、ただ続けているだけで、大きな武器になる。

だから「つまらないもの」ほど、ずっと続けておこうという意味です。

 

つまらないものも「時間」と「量」が価値になる

爆笑問題太田光さんの奥様でタイタンの社長をしていふ太田光代さんは、子供のころから、切った爪をずっと小瓶にためているのだそうです。

たしか『踊るさんま御殿』か何かで言っていたことだったと思うのですが、そのエピソードは(もちろん太田さんの話術もあってですが)番組の注目をさらっていました。

 

太田光代さんのこのエピソードは、僕が冒頭に書いた「つまらないものを続ける」ということのちょうど良い例だと思います。

太田光代さんはただ切った爪を貯めていただけです。

爪を切るなんて行為は誰でもすぐに真似できることで、面白くとなんともないエピソードなのです。

でもそこに「子どもの頃からずっと貯めている」という一文が加わったら、途端に話が変わってきます。

爪は誰でも切るし、誰でも小さい頃から切ってきたのですが、それを貯めている人はいないわけです。

急に追いつくのに超絶ハードルの高い(=希少な)体験になってしまいます。

太田光代さんが30年爪を貯めていたとして、今の時点から同じレベルに達するには最低30年かかりますし、仮に時間的には追いつけたとしても、「すでに過ぎ去った時点」のエピソードは手に入らないわけです。

極端な話、子どもの頃泥んこで遊んだ時の自分の爪、女子高生で部活に励んでいた時の自分の爪、大学で遊んでいた時の自分の爪は、社会に出たあとからは絶対に手に入らないわけです。

 

武器としての「つまらないもの」

僕自身、意図的につまらないものをただ続けるということをよくやります。

かつては毎日200日くらいペペロンチーノを作り続けてみたり、人の顔みたいに見えるマンホールの写真を撮り続けてみたりということをしていましたし、今なら毎日育てている野菜の写真を同じ画角で撮りためていたり、1日1本映画を見るということを続けています。

これらは一見役に立たなそうに見えますが、ただただ話のネタになります。

「昨日家でペペロンチーノを作った独身男性の話」は何も面白くないのですが、「毎日家でペペロンチーノを作り続けている独身男性の話」はちょっと聞いてみたくないですか?

 

ただそれを続けているだけで、競合は自然と淘汰されますし、いやでもエピソードのひとつやふたつは生まれます。

僕のペペロンチーノの場合、ぱっと思いつくものだけでも、ペペロンチーノを作りすぎてコンロが壊れたとか、超絶美味しいペペロンチーノのレシピ4種とか、いくつも話のネタになるようなものがあります。

そして、同じ話をしようと考えても、最低仕込みに200日かかるわけです。

こんなもの、必要性に迫られたタイミングで行っても絶対に期待の結果は得られません。

これが、僕の考える「つまらないものを続ける」ことのメリットだったりします。

 

効率厨で無駄なことが好きじゃない僕ですが、「これはつまらないな」と思ったら、意図的にそれに手を伸ばすみたいなことをします。

で、飽きたら飽きたで構いませんし、続いていれば儲けもの。

短期的には全く役には立たない戦い方ですが、超長期的な視座に立てば思わぬ価値を浴びるかもしれない「つまらないもの」

みなさんの周りにもそんな「つまらないもの」があったら、ぜし挑戦してみてすださい。

 

アイキャッチは僕が大好きなマルコム・グラッドウェルのこの本。

ディッピングポイントと合わせてオススメです。

天才!  成功する人々の法則

天才! 成功する人々の法則